G3は今日も元気

典型的な団塊オジさんの自己満足的日記・・早期退職して悠々自適なのだ・・内容は・音楽雑論、マンドリン、二胡、百名山行、花と菜園、旅あるき、原子力と放射線、別荘暮らし、熊本で介護、猫の石松など・<府中市在住> リンクフリー

エピローグ (MCK台湾遠征 No.28)

旅 で 想い出に 残るのは 旅先で 出会った 人々

もう この先 一生 会わない人も いるかも しれないが ・

私の 心の中 には いつまでも 存在 し続ける




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それと 歴史 風土

様々な 時の流れに 身を まかせ

いま みんな この場所に 暮らしている




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楽しい 想い出を いっぱい おみやげに して  無事に いま 帰国の途に 着く

この旅行の企画から 現地のコーディネート その他 一切 お世話してくれた O先輩

ありがとうございました




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< MCK台湾遠征のシリーズ記事は これで終了します ご愛読ありがとうございました >





二二八事件 (MCK台湾遠征 No.27)

二・二八記念館には 行ってみたい と 思っていた

二・二八事件は 日本と中国という図式でなく 台湾の人々が 自由と民主化を 政府に対して 意思表示した事件

記念館は 総統府そばの 二・二八公園の一角に モニュメントとともに ひっそりと あった



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事件の時代背景

日本の敗戦後 蒋介石率いる国民党が 台湾を統治を宣言し 本土から多くの役人と軍隊が移ってきた(外省人)

元から居た台湾の人々(本省人)は 当初 祖国復帰を歓迎したが やってきた外省人の堕落と腐敗にあきれてしまう

人々の財産を没収し 本土へ売りさばき 私腹を肥やす などは 日常 平気で 街で 略奪や暴行を繰り返す

これに抗議した本省人は 次々に捉えられ 投獄され 多くは 秘密裏に処刑された

当時の国民党は 共産党との対立関係にあり 統治形態は 軍隊と暗殺組織による 強圧的政治であった



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1947年2月28日事件発生

官憲が タバコ売りの本省人女性に 暴行を加え これに抗議した民衆に 発砲した事件 を きっかけに

本省人の 怒りが 爆発し 台湾全土に 抗議行動が 発展する

時の政府は これを強権で弾圧 整然とデモする民衆に 警察 軍隊が 無差別に発砲

これまでの 日本の法治政治に慣れた人々は 官憲が 同胞の民衆に対して 無差別に発砲するなんて 予想もしてなかった

人々の怒りは さらに増幅し 外省人と本省人の 全面対決に 発展する

一部は 日本が残した 武器や資材を 使用して 政府施設を 攻撃する 独立自衛隊 学生隊 も 生まれた

当初は 本省人側が優勢で 国営放送局(現二・二八記念館)を占拠し ラジオで 軍艦マーチ を流して 人々を鼓舞したという



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これに対し 蒋介石は 一個師団と憲兵隊を 台湾へ送り込み 武力で 制圧する方策に出た

抵抗する一般民衆は 知識人や親日の人々であり 軍隊は こういった人を主に 徹底的に 殺戮した

30000人の死者を出して 暴動は 一応 収束したものの その後も ながらく 政府批判者への 弾圧は 続いた



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1948年 本土の蒋介石は 共産党の毛沢東に敗れ つい昨年暴動が起こり 自分が鎮圧した この台湾に逃げてくる

蒋介石にとって 自分に対して反感を持つ人々が多いところに来るのは あまり 気分が よくなかったに違いない

身内を殺された 本省人の人たちは 悪玉の張本人が ここを本拠地にして 居座ることになった あ- お先真っ暗



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蒋介石の後を次いだ 蒋経国らも 基本的には 専制的弾圧方針であったが 世界の民主化の波には 逆らえず

政府内にも本省人を起用し それらの 知識層が 次第に力を発揮するようになってきた

1988年 本省人の李登輝が 総督になると 議会の開設 選挙制度の改革 言論の自由などの民主化 施策を行った

二・二八事件後 40年あまり続いた 反体制派に対する弾圧も このころ やっと 解消した

表向きは 共産党の中華人民共和国と対立しているが 台湾の中でも 本省人と外省人の対立は 何となく残っている



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二・二八事件の主役は 民主化を求めた本省人であり 悪役は 蒋介石をはじめとする国民党の外省人である

その前 50年間 本省人を統治していた日本は 同じ日本皇国の臣民として 住民と国土の 発展に努めた

その頃の国民党は 共産党と覇権争いしている 戦時の臨時集団 もともと民主的に統治する意欲も能力も無かった

現在 本省人を中心に 日本びいき(愛日家)が多いのは この辺の事情が 決定的に影響している



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中国や 韓国の政府が 日本を 侵略者として これまで 執拗に 非難してきた 理由は なんとなく わかる

自分たちへの非難を逃れ 国内を まとめるには 外に 悪玉の敵を作って 攻撃するのが 一番

経済基盤が 弱い時には 賠償金や 弱みに付け込んだ無償援助を 獲得するのが 一番

いかに日本が悪玉か という記念館を 国内に大量に作ったり 教科書に載せたり ・



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正しい 歴史認識をすると 侵略や戦争は 起こるべくして 起きたことが わかる

日本は 戦争に負けて 今 必要以上に萎縮している

もうすこし 自分たちの本音の意見を 世界に発信したら どうだろうか

それにしても 危惧するのは 民主化に対する 努力と犠牲 を 経験していない国

言いたいことは 沢山あるが・ 

秘密諜報部に ブログ共々 私も 消されるかも ・・











歴史認識 (MCK台湾遠征 No.26)

台湾の靖国神社である 忠烈祠 で 考えた

日本は かつて 中国を侵略し 朝鮮半島 台湾を 植民地にしたのに ・

政府高官も含め 台湾の人々が 日本を好きなのは なぜ だろう

反日感情の強い政府から 日本人は 歴史認識が不足している ! と 言われる

そうか? それなら その時代を 冷静に 検証してみよう



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19世紀後半 明治維新で 近代化を図った日本は 末期的国家の 清朝や李王朝に対して権益拡大を開始した

背景には 欧米やロシアの列強による アジア植民地化に 対抗する必要があった

英国は アヘン戦争で香港を手に入れ インドシナは フランス オランダ領に  更に フィリピンを 米国が併合する



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明治以後 日本が 初めて海外派兵を したのが 1874年の 台湾派兵

琉球の人が 嵐で遭難して 台湾に漂着し そこで 台湾の原住民に襲われることが 多発したのが 発端であった

日本は 清国に抗議したが 返事は 「 目が届かない 辺境の島の 野蛮人がやったことで 我々には 関係ない・!」

日本は 武力で 難なく原住民を制圧したが 主権侵害については 英国の調停などで 国際問題には 発展しなかった

その後 1894年の日清戦争勝利で 台湾は すんなり日本に帰属することになった 清朝にとっても 痛いものでは なかった

50年間の日本統治の間 後藤新平など 歴代の官吏の努力で 教育体制 衛生環境整備 農地開発 鉄道やダム建設など・

台湾が 近代国家として 発展する礎 が 築かれた



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朝鮮半島は 19世紀後半 李王朝がいたが 鎖国を続け 富国努力もせず 清朝に 頼りっきりの 状態であった

当然 列強の侵略に 蝕まれていたが 日清戦争 日露戦争に日本が勝って 日本の影響力が 飛躍的に 高まった

伊藤博文は 朝鮮を自主的に歩ける国に育てようとしたが もともと歴史ある国 日本に統治される反感が強く

伊藤が 地元民に暗殺されるに 至って 国内の世論に押され 1910年 日本は 朝鮮半島を併合

そのころ 李王朝の宗主国であった清朝も 辛亥革命により 国の体を なさなくなる

その後 日本は 強権的な統治を 続けながらも ダムなどの インフラ整備

しかし 目的は 北部の地下資源や 満州などへの中国進出 韓国あたりは ただの通り道・



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中国本土は 清朝が倒れても なかなか強固な政権が作れず

ロシアの支援を受けた共産党の台頭などにより 群雄割拠 内戦状態が続いていた

日本と戦争状態になると 仕方なく結束して 日本と戦ったが その後 また 内戦状態になる

当然 国内は 荒れ果て 国家形成の基盤となる産業振興 教育などは 大きく遅れをとった

1948年 南京の国民党政府は 中国共産党に制圧され 蒋介石は 台湾に逃れることになる



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韓国(朝鮮半島)は 後ろ盾の国が 戦争に敗れ 強権で 日本に 併合された

台湾は もともと清国がもてあましていた辺境の島だけに あっさりと 日本領になった

どちらも 日本統治時代 産業育成のため 多くの資本投下が 行われた

日本の敗戦後 半島では 朝鮮戦争が勃発し 南北分断により 国の発展は 阻害される

台湾では 蒋介石の恐怖政治より 李登輝になって 欧米型民主主義に変わるも 本土との対立は続いている



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歴史事実 を 調べ始めたら 膨大な数に のぼり きりが無い

でも 歴史認識を 高める 作業は なんだかワクワクして 爽快でもある

これまでも 台湾の歴史については いろいろ調べた

本ブログの左欄 < カテゴリー 台湾の話 > 参照
( http://gedano.blog92.fc2.com/blog-category-17.html ) 


しかし ひとつひとつ 調べていくと

最初の命題 「 なぜ 台湾の人は 親日的か 」 という答えが だんだん 分かってくるように 感じる



決定的に 影響を与えたのは 蒋介石が逃げてくる 前年に 起きた 二・二八事件












台北で (MCK台湾遠征 No.25)

五日間 滞在した 台南市

郊外で 印象に残った景色は この 野菜?畑 と 広大なお墓の集団


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なにからなにまで ずっと我々の面倒をみてくれた 奇美マンドリンクラブ会長の 許さん

わざわざ 新幹線の 駅まで 見送りに 来て くれました

本当に お世話に なりました


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昨年も乗った 特に 珍しくも無い 新幹線で・ 

着いた所が  台北駅 

40年前 初めて 台北に来た時を 思い出す

駅舎の雰囲気は同じ 線路はすべて地下にもぐり 周囲は スッキリした


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今回のメンバーには 台湾が初めての人も 居るので 定番の 台北市観光

まずは 故宮博物館

昨年も そうだったが 人ごみの喧騒と 見学のあわただしさで とにかく 疲れる

展示品は 世界一流品 ということだが 作品から受ける感動は 奇美美術館 の方が ・・


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続いて 衛兵の交替式で有名な 忠烈祠

皆さんには 好評でしたが 私は ひとり お墓参り をしていました 

台湾の戦没者慰霊廟だけに これまでの 戦争の歴史を 感じるところ

詳細は 次回


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ここは " 外は石灰石 中は蒋介石 " の 中正紀念堂

壮大な建物の外観と 威厳のある服装で 高見から本土復帰を望んでいる 蒋介石の像

私は まったく対照的な 八田与一 の像 のほうが 好きです!


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これも 定番の 龍山寺

40年ぶりだが 今も変わらぬ ハデハデデコレーション

人々の信仰心も 当時と変わっていない

なぜか ホッと 心が 落ち着く


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帰国当日の 午前中は 各自 自由に 観光

皆さん 三々五々 いろんな所で 楽しんでいました

昨年 デモ隊で占拠されていた 総統府 周辺

東芝の高速エレベータを体験しに行った 台北101ビル 


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公園で 太極拳をやっている人が居たので 恐る恐る会話

日本人の彼は 太極拳を学ぶために 台湾に来ているという 

台湾の 太極拳協会会長の 大御所と 一緒に ・

私に似ているので 他人とは思えない ? ・

TONさま 一緒に付き合ってくれて ありがとう


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奇美と お別れ (MCK台湾遠征 No.24)

セロパート 集合 !

これだけ 人数が居ると 気楽に 弾けて いいね


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ドラパート は いつもながら

チームワーク 抜群 という 感じ


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ギターパート は なぜか

個性的な 容貌が 揃う と思うのは 私だけか?


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好きな人 と 一緒に 撮りましょう !

私には お誘いは 無かったけど  ・・


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私の お気に入り は 誰もが認める 1stの美人三人娘 でなく 2ndの この 二人 

横顔が すーちゃんに似ている彼女と 許さんの奥さんの彼女 どちらも 高砂族系 ?

練習の時から いっぱい 二人を 撮りましたので 誰にも見せず 帰って ひとり楽しみまーす
 

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さて いよいよ 大団円 (だいだんえん)


奇美マンドリンクラブ との 交流を 総括したい が

ぴったり の 言葉が 浮かばない


私の つたない コメントよりも

写真の みんなの 表情 を 見れば ・・


分かる よ ね ・・ !



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かならず !   いつか また  会いましょう ・・・






Farewell Party (MCK台湾遠征 No.23)

明日は いよいよ 台南市を 去る

奇美マンドリンクラブの人が お別れパーティを 開いてくれた

料理は メンバーひとりひとりの お手製  みんなで 作って 持ち寄った 自慢の 家庭料理
  


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料理の名前なんか 分からなくても ・ 

気持ちが こもってて 美味しい

演奏の時 よりも 真剣に ・ 食べる !  コラ! 大先輩を差し置いて! オレにも入れろ・・


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もちろん 一緒に 合奏も しましょう !

特に 演奏会で 出来なかった曲 など ・

今日の 雰囲気 本当に 楽しい ね
 

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その後 みんなで 公開討論会・

台湾では 他の マンドリン楽団の 演奏を 聞く機会が 少ないようだ

皆さん! 調弦を も少し きちんとすれば 音が 活き活きして きますよ !  と N先輩のアドバイス


さらに 自然と 各パートごとに集って マンドリン談義

諸先輩方 現役時代 こんなに 一生懸命 指導して くれましたっけ ?



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セロ ギター組は どちらかというと 落ち着いた 世間話 ・・ 私は 初心者の腕だし ・

へぇ~ あなたは お医者さんですか?  昔いた会社 取引ありましたよ いい会社ですね ・・

TME の T先生 知ってますよ CD を 持ってます ・ 私 ブログ やってますので 訪問して 下さいね ・・
 


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楽しい時間は すぐに 経ってしまう ・・

では  最後に

みんなで 記念写真を 撮りましょう !










名器か? (MCK台湾遠征 No.22)

奇美マンドリンクラブの Cello のトップ 許 さんは マンドリン製作者でもある  と いうことで 工房を 見学

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工房は 工場の中にあり 練習場所の隣り  奇美実業は ABS樹脂 の生産量が 世界一だけに・

マンドリンの ケースや 型で作った彫像の 複製が・ 複製は 大理石の粉と 樹脂を 混ぜたものを 使うそうだ
 

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製作したマンドリンが 並べてあった なかなか きっちりした 作り

螺鈿(らでん)模様など 装飾が すばらしい  見るだけで 芸術品に なりうる


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工房には 古いマンドリンが 沢山 集められていた 修理 再生する楽器も 多い という

なるほど 材料を 乾燥させる必要が 無いからね  なかには 名器が 生まれるかも


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我々マンドリンの専門家としては やはり 触って 弾いてみなくちゃ ね !

昨日 手も出せなかった ストラディバリウス とは 大違い  みんな 気楽に 展示品を 取り上げる


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最初は きれいな 楽器を 持って 記念撮影 という 感じ だったが ・

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だんだん 真面目に 音色を確認する ・

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名人や 大御所も ・

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では 最後に 私も ・

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ん~・・  ま 私の Shimada製 には 及ばないものの・・ なかなか いー仕事 してます にゃ ・・

しかし ・・

この写真を 見ると 分かったような 顔して カッコだけ つけている のが バレバレ
  







名器 (MCK台湾遠征 No.21)

烏山頭ダムと 安平古保を観光した後 "特別のサプライズがある" ということで 再び 奇美美術館へ・

美術館に 展示されてない バイオリンの名器を 見せてくれるという

行ってみると 一昨日 演奏した舞台に 説明員付きで 粛々と 並べてあった



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美術館が 所蔵している楽器は 他にチェロ 古楽器など 500点以上

今 目の前には 世界中のオークションで買い集めた バイオリン名器が ズラリ

ガルネリ ストラディバリウス アマティ ・・・



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じゃ この1709年の ストラディを 弾いてみましょうか? と 説明担当者

ここで一番高いのは 1588年のアマティ(12億円)  比べて どうでしょうか?

一同 んーン ・・・ マンドリンだったら 音色の評価が 少しは 出来るんですが ー ・・



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至近距離で 見れるばかりでなく 楽器の貸出しも 行っている という

貸し出し対象は 国内の演奏家ということだが 一流の音楽家だったら 所蔵楽器を使って ここで演奏会も可能だそうだ

日本のアマチュア演奏家が 感激して「台湾でストラディバリウスを弾く」という本を 出版している



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バイオリン素人 の 我々 としては 総額 53億円の お宝 を前にして 写真を 撮るのが 精一杯

同じような 枕を並べた写真を TMEで マンドリンの クラシコA で撮ってみたが あれでも一千万は越えないナ?

部分写真は ホームページの カットや ロゴ として 使わさせてもらおう



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Strad・A 1713  Strad・A 1709
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Gesu Oil Buli 1744  Guarneri JFA 1706
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A Amati 1588  A Amati Ⅱ 1685


とにかく本物を見て 感動 みんなで 記念撮影するだけの 価値は ある? だろう

美術館所蔵の 楽器 について 説明本が あったので 購入

旅行から 帰ってから ゆっくり 読んでみよう



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安平古保 (MCK台湾遠征 No.20)

台南の西方に 台湾では 一番古い 安平古保(あんぴん こほう) と呼ばれる 城跡が ある

ここは 17世紀初 明に進出を図る オランダ人により 建設された 当時 オランダは この台湾を支配していた

その後 明を追われ 大陸から逃げてきた 鄭成功 が オランダ人を追い出し この地に 初めて漢人の政府を 樹立した

日本統治時代は 宿舎として整備されていた オランダと戦った 濱田弥兵衛 の石碑も 建てられていた

戦後 国民党が やってくると 石碑も 濱田弥兵衛から 安平古保 と書き換えられ さらに

日本が整備した 展望塔や公園を除く 一部の 当時の城壁のみを 国家一級古跡 に 指定した

鄭成功と 蒋介石は なんか 似ているので さも ありなん

蒋介石の悪政後 李登輝、陳水編により 揺り戻しで 親日的になったが その後 日中国交開始 台湾未承認・・

最近 蒋介石と同じ 国民党の 馬英九 が 総統 となって・ さらに 

台湾から 日本色を排除し 本土と同一化する 風潮は じわじわと 進行しているように 思われる

台北では なお その感を 受けたが・  愛日家の人の 眉間のシワ が 眼に浮かぶよう ・・




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甘蔗汁 を 買った 屋台の おっちゃんは 流暢な日本語で 我々を見て なつかしそうに 話していたが ・・






烏山頭 (MCK台湾遠征 No.19)

台南の北 烏山頭 というところに 湖が あり そこに 観光に 行くことになった

ここは 戦前 (当然 日本統治時代) 水資源確保のため 日本政府により建設されたダム

これにより この地方一帯は 広大な荒地が 台湾有数の穀倉に 変貌したという

ダム付近は 手入れされた公園風 レストランや ダム建設の 資料館も ある

ダム建設の英雄として奉られているのが 日本の技術者 八田与一

台湾については よく調べたつもりだったが 私は この人を 知らなかった

資料館では 長年の 難工事の 様子を 映像や 展示で 詳細に 紹介している

当時 日本は 台湾を植民地でなく日本と同一と考え 教育 産業振興に力を入れていた

日本が 撤退した後 台湾での 劣悪な 行政の歴史を 考えると

統治時代のほうが よかった 本土なんかより 日本のほうが 好きだ
 
こういった統治時代のインフラを大事にし 日本人を尊敬している人(いわゆる 愛日家!) が多い 所以

我々 日本人も こういった愛日家に対して 何か 応えてやらねば ・・



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八田与一は ダム完成後 陸軍に徴用され 1942年フィリピンへ調査に行く途中 船が アメリカ軍の潜水艦に撃沈され 死亡した

日本の敗戦後 日本人は 総て帰還命令が出たが 八田の妻は これを拒否し 烏山頭ダムの取水口に身を投げて後を追った


烏山頭ダムは 当時も 世界最大級の規模を 持つダムであったが 堰堤は コンクリートを使わない方式 であるため

土砂の堆積が 少なく 同時代に 作られたダムに 比べ 今でも 十分 機能を 果たしている


ダム建設の功績で 村人たちが 銅像を建てたい と申し出た時 与一は 拒否したが どうしても作る というなら・

「威厳のある服装で 村民を見下しているような像 だけは 止めてくれ!」 と言ったという


銅像は 戦争中の 金属徴用や 戦後 蒋介石の 排日工作で なんども 消滅の危機が あったが

そのたびに 村人たちがこっそり隠したりして 守り抜き 今 日治時代の銅像 としては 台湾で唯一のものである


八田の死後 村人たちは 台湾では手に入りにくい御影石で 日式墓を 烏山頭ダムの地に 建設した

さらに 最近では 地元の水利組合により 八田氏関係の 資料を 納める 三層円形の 豪華な 資料廟も 建設された


八田の命日の 5月8日には 毎年 盛大な慰霊祭が 開かれる 台湾総統 馬英九も ここの公園化整備に 協力するという

台湾の中学教科書にも 載っている 歴史上 尊敬される人が 日本の 一技術者 である ことは うれしい



"昔 こういう日本人がいた" ということを 日本でも もっと知って欲しい ・・ と つくづく感じる










車 事情 (MCK台湾遠征 No.18)

台南市では ミニバイク(90~125cc)が 多い 縦横無尽に走り回っている

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家族全員で乗ったり 専用キャリアで 大荷物も・ さすがに ノーヘルは いない

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もちろん 自転車も いることはいるが 少数 やはり 暑いから ねー

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車は といえば・チャーターしたバスの 派手なこと! 外観ばかりでなく 内装も 赤っぽくて 落ち着かない

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高速道路には ちゃんと ETC も あるし スピード取締り の バトカー も 走っている

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道路標示も バイクや 自転車エリア など 交通安全に 配慮されている

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お店なんかも バイクのドライブスルー? とにかく 駐車に適した 構え

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台南の夜中 (MCK No.17)

夜の 台南市内を ひとり 歩いているが もう かなり 遅い時間に なってしまった

大通りは 明るいが 車も人も ほとんどいない  ゴミ収集車が 走り回る

裏通りは ちょっと恐くて 早足で そそくさと・  店は開いてる様だが・

ここ台南にも ワンちゃんは いました  ホッとしたけれど ニャン子は 全然いないね・

ビンロウ(活字が出てこない!) の店 には  聞いていた お誘い女性? は 見かけなかったヨ

日付も変わり いいかげん疲れたので  近くのマッサージ店で 全身マッサージ

イヤー  これは 本当に ヨカッタ! ヨカッタ !



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台南の夜 (MCK台湾遠征 No.16)

病院で 慰問演奏をした その夜は 食事も含めて 各自 自由行動

こーいった時は 絶対 私は 単独行 !

特に 当ても無く 歩いた 夜の 台南市内

見たとーりを どうぞ ご覧下さい ・・


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一旦 この 面白い 信号で 止まったけど   まだ つづく ・・






ショールーム (MCK台湾遠征 No.15)

病院からの帰り道 坦々とした道を走る

この付近の新幹線 この間の地震で 列車が 脱線した所との 説明


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やがて 巨大なオブジェみたいのが並ぶ・ ここは 工業団地か? 奇美実業のトラックも 見かける

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着いた所が 奇美実業の オプトエレクトロニクス関係 の 工場 ショールーム を 見学

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ここは 主に TVの液晶画面などを生産しているが

奇美グループは 化学製品から 電機製品 さらに運送 保険 さまざまな関連会社から 成っている 総合電気化学メーカー

頂いた おみやげのお菓子までも CHIMEI マーク


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社員用掲示板には 日本の標語  許会長の 愛日家の 所以

奇美博物館での マンドリンイベント の記事が・ 

ここで おいしい Coffee を 頂く


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慰問演奏 (MCK台湾遠征 No.14)

今日は お世話になった 奇美グループのために 二件の 病院慰問


まずは 台南市の中心にある 永康 奇美医療センター 

日本と同様 患者さんでごった返しており お邪魔して申し訳ない 雰囲気だったが・

こちらは べつに待遇不備でも 気にしない 待合室で 勝手に? 演奏を始める ?

それでも 待合室の患者さん スタッフの皆さん 興味ありそうに 聴いてくれました

お昼を頂いた後 charmingな 秘書と共に もう一つの病院へ 移動



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こちらの病院は 台南市中心から バスで30分 同じ台南市にある 柳営 奇美医院

ここも 規模がデカい! 台南市には ほかにも 数箇所 奇美病院がある という

あらためて 許氏の フィランソロピー(企業奉仕)精神に 敬伯  拍手 !

演奏前に 病院内の 絵画や 立派な 建物施設を 見学させて もらった



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さて 演奏会は 立派な 舞台スペース が とれる 広い ロビー にて・

体育館みたいな天井で 音が聴きにくかったが こちらは もう 気楽な演奏

日本のマンドリン楽団なんて ほとんどの人が初めて と思うが・ 熱心に聴いてくれました

院長先生か?それと関係者のみなさん!丁寧な準備で暖かく迎えてくれて 本当に ありがとうございました



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打上げ (MCK台湾遠征 No.13)

最大の 目的の 演奏会も 終わったし 満足の 疲労感と 悶熱の 夕刻 ・・

ビールを 飲む 最適な条件 が 整う

移動したところ は 日本で言えば 湘南海岸みたいな 海辺の オープンレストラン

ここは 奇美マンドリンクラブの メンバーが オーナー だそうだ


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水平線の向こうは 中国大陸 真っ赤な夕日をバックに ・・ 

いちおー 先輩方を立てる  でも いい写真


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仕事をやった後の ビールは とりわけ うまい 食事も 美味しい

当然ながら 暗くなると 盛り上がる


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酔ってくると 楽器を弾くヤカラが 現われる もちろん私も そのひとり あ!許さんも なかなかの エンターティナー

しからば 即席の合奏を! 私は パーティで活躍できなかったので ここは とばかり 流して歩く

隣のテーブルに居た 家族づれの おばあさん 望春風 を一緒に 歌って 大喜び こちらも 嬉しい


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遅くまで 楽しい 酔宴が 続きました ・・

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演奏会 (MCK台湾遠征 No.12)

さて本番 正式な演奏会の 名前は  CHIMEI博物館2009?Weekend Concert(暇日演奏会)

許会長も 客席に居て 会場は 大入り  会場設定や 看板など 準備も 万端

りっぱな プログラムには Q大学長 の言葉も 添えてある

ネクタイを締めて わがOB軍団は やる気 満々 ー・・



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我々Q大OBグループが まず 演奏  曲目は

オーソレミオ スプレーン 山嶽詩 南蛮渡来 落葉の精 千の風になって 童謡集

隣りに Cello の大御所の K氏がおられたので 私は 楽に Liuto を 弾くことが 出来ました



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続いて 奇美マンドリンクラブ の演奏  曲目は

山腰上的家 亜禰漢布拉宮的回憶 森林水車 多歯河之波 山雀啄食 切分時鐘 匈牙利舞曲

名前は難しそうだが 聞けば 誰でも知っている曲

チャルダッシュを Solo した彼女は 日本で K氏に師事してる そうだ



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合同演奏では 時間が押して 浜辺の歌 と 古戦場の秋 くらい だったかな?

せっかく 練習した 望春風や バラのタンゴ は カットになった



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演奏の出来は ともかく 今回の メインは 日本と台湾の マンドリンを 弾く人たちの 交流

少ししか 練習を しないので あまり よく知らない人とでも 一緒に演奏すると まるで 一生の友達に なれたよう・・



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どうしても カワユイ娘に カメラが向くのは ・・ この手が 勝手に 動くんです!  ハイ!


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リハーサル (MCK台湾遠征 No.11)

美術館見学のあと ホールで リハーサル 舞台の勝手が 分からないので とにかく ひととおり 流す

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その後 奇美マンドリンクラブのリハーサル

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あい変わらず ダイナミックな演奏と 指揮者の お姉さん・ なんだが 性格も 光浦靖子みたい だね・

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森の水車 では かわいい 演出も・

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我々は 客席に座って 聞かせてもらう  ん~ わざわざ 日本から 来たんだから 負けられんなー

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合同演奏の リハーサル 舞台が 狭いので 指揮者が 落っこちないよう・・

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会場 (MCK台湾遠征 No.10)

演奏会が 行われる会場は 広大な敷地を もつ 奇美博物館に 付属する ホール である

許氏は 会社の利益の一部を 常に 美術 音楽など に資金提供をしている

美術館も 一企業のレベルではない  午前中に 見学させてもらったが

世界各地のオークションで 買い集めた 絵画 楽器 古美術品 の数々・

剥製 などは 資金を出して 最初から指定して 作らせている という

台湾の人に 本物の 芸術品を 見せたい! という 許氏の 理念が 表れている

特に 有名な ストラディバリウスの収集は 倉庫に保管中で 見れなかったが ・ 後に・・



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三時間ほどかけて見学 撮影禁止なのが残念だが 十分堪能できた

それにしても 台南市民の見学者でいっぱい

昼食をたべて さー 演奏会



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会場へ (MCK No.9)

今日は 演奏会 でも 皆 あまり緊張は ない 雰囲気

先輩が 持参した Q大伝統のネクタイ をつけて いざ出発


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バスの中で 香港から来て 奇美マンドリンクラブの 演奏に 参加する若者 と 一緒

彼も 根っからの マンドリン好き らしい 


バスは 会場がある 台南市郊外へ 移動

車窓の 風景を みなさま 一緒に お楽しみ 下さー・・い


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再びパーティ (MCK台湾遠征 No.8)

昨日に続いて 許氏宅で 音楽パーティ  今回は ノーネクタイで ・

少しは 気楽になってきたので 皆 出し物も いろいろ・

実は 用意周到な O氏が 前もって このパーティで 歌いそうな曲を ピックアップして くれていた

しかし 準備していても いきなり一緒に合奏を始めるのは 至難の業 

許氏は G調かF調で始めるので それにあわす必要がある

私は Guitarカポで なんとかついて行けたが

部屋には ベース ピアノ などもあり 許氏の取り巻きは 歌はもちろん いろんな楽器を こなす

さすが 人扱いは 慣れているだけに 許氏は うまくパーティを 盛り上げる

最後のほうで 我々も なんとなく 楽しくなった ・・ ような ・・



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それにしても 権力臭を感じさせない 好好爺 雰囲気の 許氏

台湾の人から 慕われているのも 納得できる

許氏の記事を書こうとすると このブログ いつまで経っても 終わらない

鮮明写真で 申し訳ないが この写真が すべてを 表わしているように 思う



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夕食 (MCK台湾遠征 No.7)

奇美マンドリンクラブとの 合同練習を 終えて ホテルで 一休み 今日も 昨日と同じようなスケジュールが ある

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夕食は みんなで 近くの イタリアンレストランへ  ヨーメイヨー ピージョー?

この辺の 中国語は 得意なのに  なぜか ここでは お酒は 出さないらしい


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メニューは なかなか洒落たものでした どこか 台湾風の感じも ありましたが ・

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最後は ブランデーケーキとブランデー入りコーヒーで 少しでもアルコールを・

この後の 許氏のパーティ でも 酒は期待できないし ・









練習 (MCK台湾遠征 No.6)

バスで 出かけたところは 奇美実業の 工場の中 古い建物が 奇美マンドリンクラブの 練習所

セメント袋みたいな ABS樹脂を 満載したトラックが 前に止まっている

昔勤めていた職場 ○○府中工場 の雰囲気に そっくり! なつかしい・


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早く着いた我々は 早速 合奏の練習を 始める

バラバラに 台湾にやって来たくらいだから 全員の合奏練習は 一度もやってない

東京と福岡で それぞれ 何回かは 合わせていたものの 今日の練習だけで 明日 劇場で 本番


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夕方になったら 奇美マンドリンクラブ のメンバーも 三々五々 集ってきて 練習しはじめた

個人の技量は 不明だが 大勢なだけに 曲の迫力は ある 指揮の お姉さんも ダイナミック (光浦靖子 似?)


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演奏会で 一緒に弾く曲も あるので 合同練習

まだ 個人的には 話しても いないが 指揮者のもと わりと上手く 合わせられる

音楽で 気持ちが 通じる   気分が いいね~


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挨拶を交わしているうちに だんだん 和やかになる

お互い 相手の技量が まだ良く分からないうちは 下手なことは いえない

まずは Q大への留学案内など 協賛団体の宣伝


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先輩たちの ほとんどは Q大マンドリンクラブの黄金時代を 支えてきた 熟達者

私は といえば リュートを 始めて まだ 半年 そばで 並んで 弾くと だいたいの 技量は 想像できる

当然 それなりの話 で 周りと お茶を 濁す


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互いに 楽器を 弾きあう  リュートモデルノは みんな 知らないみたい

向こうの楽器は 地元の亜熱帯林 の木材を 使用している ようで

なんとなく 湿った音 というか ボケた響き を 感じたが・







ホテル付近 (MCK台湾遠征 No.5)

一日目の あわただしい行程が 過ぎた 翌朝 ホテル付近を 散策する

目の前は 市庁舎 となりに 市議会議場 すなわち この付近 台南市の中心の 官庁街


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市庁舎の周りは 広大な芝生 歴史記念碑 芸術モニュメント スローガン看板など ・

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お寺さん関係の 大きな建物も ・ 付近の広場では 朝から 市民の太極拳 あれ!先輩も 一緒にやってる

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通勤時間になると バイクの群れ 私も 昔は あの スペイシーで 通勤していた

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ホテルの玄関に・ 私にでも これは結婚式 と わかる

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華燭の祭典を 横目に 我々は 本日の行事へ 出かける







パーティ (MCK台湾遠征 No.4)

許文龍氏は 世界でも有数の企業である 奇美実業 の 総帥 台湾の松下幸之助 と呼ばれる 実業家である

李登輝元総督とも ”オイお前!”と 呼びあう程の 台湾では 財界の重鎮 でもある

今では 会社経営は 後進にまかせているものの 国への利益還元活動 文化財振興活動など まだまだ影響力は大きい

そんな 雲上の人から 自宅のホームパーティに 誘われた こちら 一応 日本からの親善使節 公式行事として 心の準備



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許文龍氏自身 音楽が大好き バイオリンが得意そうだが マンドリンもギターも楽しく弾く

取り巻きの人も 即興で歌を歌ったり 伴奏したりして 盛り上げる え!ー これは 私のテキトー合奏の領域に 近い!

こちら 日本使節団も 準備してきた曲を 返礼として演奏 その後は 次から次に・・ 歌声喫茶 状態になる

許氏は 緊張している我々を気遣って 日本の童謡唱歌 さらに軍歌なども 歌ってくれる もともと 愛日家なのだ



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私のテキトー合奏と違うのは かなりキチンとした合奏 聞けば 毎週 こういった音楽パーティを開いている という

いいね~ 私も 功成り 財成し遂げたなら こういった生活を 送ってみたい

曲は みんな知ってるし 許さんの話も(日本語なので)よく分かる ・・ しゃしゃり出ていこうか とも思ったが

初対面の格式高いパーティ 私は一番の若輩で 末席的メンバー この辺を考えると ひたすら おとなしくしておく

のらない 最大の原因は 飲みながらでないこと それと 緊張で隠れていたが 疲れが ピークに 達していたこと ・
 


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明日の夜も また 呼ばれているので 明日 また ガンバロー

  < なお 許氏の プライベートな 室内 なので 不鮮明な画像 としました >






まず夕食 (MCK台湾遠征 No.3)

ホテルに到着して 30分後 ロビー集合! ”これから 全員で夕食 盛装のこと!” との 指示

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歩いて 近くのレストランへ向かう なかなか 雰囲気のある 高級料亭風

庭には 2羽ニワトリ・でなく! 大きな池があって 鯉が いっぱい ・ 羽村の 魚観荘 みたいな所 じゃナ


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ここで やっとメンバーが お互い 話が 出来た よう 名刺交換も

これから お世話になる 奇美マンドリンクラブ団長の 許さんが お出迎え


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先輩方 豪華な盛装でうらやましい 私は と言えば このメンバーで一番若い のが トリエ?か

食事は 美味しかったのか 不味かったのか こんなもんなのか ・・ あまりインパクトは なかった
 

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さて 次は ・・





出発 (MCK台湾遠征 No.2)

成田からの飛行機が AM9時40分発 これから 逆算すると 始発の電車に 乗らなければならぬ

武蔵野台駅 AM4時30分 やっと今 駅の照明が着いた このリュートモデルノも 初めての外国の 旅
 

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成田に 集合した 東京組10人は まだ出発前なんで 元気一杯

ところで 残りの8人は 福岡空港から 出発する こちらも 余裕の表情


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二つのグループが 別々の飛行機便で 台湾桃園国際空港 に 着く

全員が はたして 無事に 行き着くか が 企画者(O氏)の 最初の 心配事だったが まずは 会えて 一安心


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空港について ホッとするのも つかの間 これから 台南のホテルまで 移動しなくてはならぬ

旅慣れた人も多いので ガイドは なし バス 新幹線にて移動 新幹線は "年寄り割引" を使えた人が *人


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新幹線 台南駅からホテルまでの移動は 市のシャトルバス 乗り場に ワン公が のんびり いいね! さすが台湾

高速道路から 見えた 奇美実業 の工場群 これから お付き合いする団体は 台湾でも 有数の コンツェルンのようだ


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バスを降りた近くに ホテルがあった 今日は 朝も早から はるばる日本を発って・ やっと 宿舎についたー・

実は これから まだまだ 夜の 予定が 待っている ・


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プロローグ (MCK台湾遠征 No.1)

さて 山登りに出かけてしまうと このブログは どうなる 毎日更新の 歴史は 変えたくないので 蔵出し

当分の間 2010年3月12日~3月18日に Q大OB18人で 行った 台湾演奏旅行 の記事を 連載する


還暦以上の マンドリンクラブOB達が 急遽 楽団を編成し 台湾の 現地マンドリンクラブとの 交流

各地の観光 慰問演奏会など・ 中身の濃い 楽しい話題を お送りします ご期待下さい ・・





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