G3は今日も元気

典型的な団塊オジさんの自己満足的日記・・早期退職して悠々自適なのだ・・内容は・音楽雑論、マンドリン、二胡、百名山行、花と菜園、旅あるき、原子力と放射線、別荘暮らし、熊本で介護、猫の石松など・<府中市在住> リンクフリー

エピローグ

2016 年 3 月 7 日 ~ 3 月 11 日  東日本 大震災 5 周年 に あたり 東北 を 行脚 ( 車で ) した

目的 は  ☆ 除染 の 状況 確認 ・ 放射線量 の 測定

      ☆ 津波 被害 の 復旧状況 確認

      ☆ 被災者 の 皆さん との ふれあい



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放射線 の 測定結果 は 以下の通り

   放射線量 測定結果

   飯館村 放射線量


最高の測定値が 飯館村の長泥地区 帰宅困難区域の山林の中  2.76 μSv/h ( 年間 24 mSv )

各地に 積み上げている 除染時の 放射性廃棄物 の 表面で    0.47 μSv/h ( 年間 4.1 mSv )

人家の あるところ では 概ね 0.06 ~ 1.5 μSv/h ( 年間 0.5 ~ 13.1 mSv )


政府 の 除染目標 は  年間 20 mSv 以下 毎時に換算すると 2.28 μSv/h  だから 

私の測定 では いちおう ほとんどの 集落で 除染の目標を 達成している  

もちろん 除染 が 困難な 山林 は 帰宅困難地域 として 未だ 残されている

測定誤差 も 多い ので 各地で見かけた 公的な 線量測定結果は やや 宣伝っぽい 気がする



除染 に ついては 私は 除染不要論  

ほっといても 雨の浸食 や地下移動で 放射能 は 拡散していく

今後 は 一刻も 早い 地元帰還 推進 と 放射性廃棄物 の 適正な処分を 図るべき


   避難解除

   早期帰還

   牡蠣は広島

   廃棄物処理 補足説明




津波の 復興は 5年 経って 港湾や 道路も 復旧し 新しい家や 事業所の 建屋も 目立つ

しかし 居住地区 の かさ上げ や 巨大堤防 は 津波対策 としては いかがなものか ・

漁業を 生業としている 人は 海から 切り離されては 生活できない 観光 としても 魅力のない 景色

津波後 海から 離れた ところに 住んでいても :結局 住民は海辺に 戻ってくる  それが 歴史

日本全国 津波 は 来る  海岸の 低地には 住むな ! 15m の 防波堤を 築け ! という わけには いかない

この際 千年に 一度の 津波に 打ち勝つ のは あきらめて せめて 命を守る 津波対策 と 方針を 変えたら どうか


今回 記事を 書く に あたって 多くの youtube 映像 「○○町の津波」 を 見た

  川を 上がってくる 津波を 橋の上から のんびり 見学している 若者が いる

  道端で 話し込んでいる 爺さん に 消防団が 早く非難して下さい ! と 叫んでも じゃ 家の 2 階 で見るか ・

  海から 離れた 町の中 では 避難指示 の 中 お散歩 気分 で 歩いてる 家族たち

  やがて ・  家 も 橋 も 町全体 すべて  真黒な ガレキの塊 津波 に のみこまれて しまう


ショッキングな 画像 は カットされている が 私 は 全国の 人に ぜひ 津波の 映像を 見て欲しい と 思ってる 

それも  津波が 来る前  津波が 来始めた時  津波が 最高位の時  引き波 の時  第 2 波 の時 など

津波に 遭遇した時 相手が どんな動き をするか 分かる ので 命を守る 対処方法が 自然に 思いつく


まず  地震が起きた時 どの高さ の 津波が  いつ ここに 来るか 判断する

  今回 石巻 では 震源が 150 km 離れた 海底で 震度 7   15 m の 津波 が 40 分後 に 来た

  先の 奥尻島 の 地震 では 震源 が すぐ近くで 震度 6   16 m の 津波が 5 分後 に 来た

そして 今 居る ところ が 標高 何 m か  地形 による 遡上効果で 高さが 2 倍 になる 可能性 も 考慮して

津波が 足元に来る 可能性が 少しでも 考えられる なら  とにかく てんでんこ 時間内 に 高いところ に 逃げる !

普段 から ビルや 高台 などの 逃げ場所 お年寄り の ための 移動手段 などを 考えておく

なんといっても 東日本大地震 の 映像 そして 私の ブログ などで ・

「 津波 は 怖い ! 絶対 命は 守る ! 」  この 意識 を 継続している ことが 重要


全国の 皆さーん 津波 は どこにでも やってきます 

東京 は 水没します !  地下鉄 も 地下街 も ・

小田原 平塚 鎌倉 逗子 は  石巻 陸前高田 南三陸町 大槌町 状態 に なります !

常に 防災意識 を 持って !  自分が どこにいても 自分の命は 自分で守る 行動 を とりましょう !



東北の 写真を まとめよう と 思ってたら 熊本地震 が 発生した

大地震の 割 には 津波 もなく 火災や 人的被害 も 三陸ほど でなく ホッ

ただ 向こうで 感じた  地震後 転居して 亡くなる 人が 多い ( 災害関連死 )

東北 でも 避難所 での 暮らし など 亡くなった人の 事例が たくさん

経験を 元に これから 災害後の 危機管理 に ついて 改善される ことを 期待


熊本は 私の 実家  親戚たち が 被害を 受けた ので 東京から 訪問する ことに なった

ブログは 熊本記事 優先で この 東北遠征の記事 が 三か月も 中断し ご迷惑を おかけしました

そして ご迷惑 でなく 大変 大変 お世話になった のが  15 年 もの の 我が愛車 CRV

3 月 4 月の ほとんど 半分くらい は 災害派遣の 車中泊  走行距離 も 5 千キロ 以上

これまでの 走行距離 が 140000 km になる 瞬間 を 撮った が 高速上で ボケてる   SA で 撮って 140004 km

隣に 最新型 の CRV が 停まって いました 



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                           ( 東日本大震災行脚 2016 年 3月 の シリーズ記事は ひとまず 終了 )











慰問 出会い 交流

慰問 に 行きたい ! 行きたい !   でも ・ 

鶴瓶 や 所さん なら まだしも 普通の オッサンが いきなり 訪れても ね~

そんな時は 誰かの 応援 でも いい ! 

被災者の 方々と とにかく ふれあいの場 が あれば いいのだ !

  2013 年 3 月 10 日 山田町 にて  追悼ライブ


今回 も  せき君 の " 苦労した 段取り " の 尻馬 に 乗って やってきた

ここは 陸前高田市 の ボランティア活動の 中心的 役割 の 場  

  " みんなの家 "   NPO法人陸前高田「みんなの家」

建物は 地元の 建築家の 協力 により 津波の 跡地に 建てられた 

ビェンナール 国際建築展 に 優勝した という 超一流モノ   

  みんなの家 ヴェネチア・ビエンナール国際建築展


被災後 地元で 復興の中心 となって 活躍されている 菅原さん および 地元住民二人の方 による あの時 の お話

親戚 や 友人 が 亡くなった 話 ・  たぶん 本人も 好んで 話したくない だろうが 

一生懸命 話してくれて  皆さん 涙 々   

慰問 と いうより 感動 の お礼 を したい ・


続いて 大山君の 弾き語り

決して 上手い とは 言えないが 心の叫び が ある 


素敵な 交流 が 持てた と 思う



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演奏 慰問 SNS

私は 東日本大震災の 当日 台湾に 居た ので あの時の 我が国の 辛酸な 苦労を 体験 していない

帰国後 なんとかして 災害現場を 訪れ 自分の目で 確認する と共に 出来れば 慰問してみたい と 思っていた

震災後 二年 経って 友人の せき君 が 熊本から 東北慰問 に 出かける ということで

私も 東京から 応援 同行 する ことに なった

    慰問の効用


震災後 五年 経って 悶々と していた が 

また せき君 が 東北へ行く と 聞いて 背中を 押される 気持ち で 私も やって 来た

思い出の 山田町で 再会    

あの時 お世話になった 地元の 斉藤さん にも ・

せき君 は 障害者の 大山君 と 一緒 に 山田町 駐在 の 自衛隊 で 慰問演奏会 を やった そう

私は 演奏会 には 参加 できなかったが 盛況だった そうで その後 幹部の方と 歓迎の夕食を 共にした そう

以前 私が 斉藤さんに 寄贈した 2 本 の Guitar も 自衛隊の レストルーム に 置いて あった という ことで 嬉しい !

夕食を 食べながら 話が 弾む 

大山君 とは 初対面 だったが 彼の 元気いっぱい の 生き方 に 感動 !

盲目でも Face book を 活用している という ことで  私も さっそく お友達 に




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山田町は

夕闇 迫る 中 山田町 に やってきた

今回 の 東北遠征 最後 の 地

暗くて 撮り にくく なった が

町の 様子 は 大槌町 に 同じ !

以 上



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  2013 年 3 月 10 日 山田町 にて  山田町は

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大槌町は

2016 年 3 月 10 日 

大槌町 に やってきた

ダンプカー が 行きかう 町 中心地 を そろそろ 走る

復旧工事 の中 ご迷惑 を おかけして 申し訳 ありません



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マスコミ で 馴染み に なった 町 の 庁舎

町長 はじめ 職員 も 殉職した地 だけ に

ぜひ 遺構 として 保存して 欲しい ところ



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町の 入り口 にある 総合ストア の M A I Y A

三年前 も 今 も がんばってる ね



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復旧工事 の 喧騒 の 中 では 落ち着いて 停車 して いられない

おおつち災害 FM を 聴き ながら

無料 の 高速道路 を 追われる ように 移動

晴れて 空も 海も 明るく 青い ・



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  三年前 も 明るい 青空 だった  ただ

  風 の 音 しか 聞こえない 静かな 景色 ・


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吉浜 唐丹 釜石 付近

2016 年 3 月 9 日  東日本大震災 5 周年 の 復旧 確認 で 三陸 を 車で 北上中

陸前高田市 から 釜石市付近 まで


ここは 三年前 じっくり 訪れた 吉浜 (よしはま) 地区

過去の 津波被害 の 教訓 を 守り

あの日 の 地震・津波 で ほとんど 被害が なかった 所

今回 は バイパス から 高見の 見学

まだ 田畑 は 回復して いない よう ・

  2013 年 3 月 10 日 の 吉浜
  少しは


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唐丹 (とうに) 地区 は 昔から 津波の逸話 が 面々と ある

1896年 の 明治三陸津波 では 死者 2136 人 生存者 数人 という 信じられないような 大被害 が 出た

その後 高台に 集落 を 構築した が 徐々に 海岸地区 へ 戻り 1933年 の 昭和三陸津波 では 死者 209 人

その後 巨大防潮堤 を 築き 1960年 の チリ地震津波 では 防潮堤 に 守られ 被害 は ゼロ

今回 の 東日本大震災 では 津波が 防潮堤 を 破壊して 押し寄せ 死者 22 人

 
   唐丹町 被害状況 


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釜石大観音 様 は 

津波 が 釜石市 を 飲み込んだ 時

どんな お気持ち で ご覧に なって おられた だろうか ・



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釜石市 は 工業地帯

工場の 煙 建設 現場 流通基地 など

市街地 は 活気が ある

見た感じ だけ だが ・


しかし あの日 千人以上 の 人が 亡くなった



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両石湾 大槌湾 も 津波の 被害が 大きかった

  両石町の津波

津波 は こういう 風に やってくる !

あの日の 津波の映像 は 決して 忘れては いけない !



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大槌 町の 中心集落 に やってきた

まずは バイパスの 高台から 見下ろす

市内 は  明日 帰り に ゆっくり 見分 しよう



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この辺 吉里吉里 ( きりきり ) 地区

弘前大 の 以下 被害調査論文 は 参考になる

吉里吉里地区避 難行動調査と犠牲者調査に見る 生死を分けた 行動の分類
   吉里吉里地区


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ホテル " はまきく " を 通って 浪板海岸 

  浪板海岸の 第一波引き波
  第一波引き波


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なんだか 言葉 が 出ない ・













陸前高田は

未だ 仮設 の 気仙大橋 を 渡る と 

奇跡の一本松 が すぐそこに


枯れた 木 を 人工的 に 固めている のは 

なんだか しのびない



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昔の 松原公園 に あった 

道の駅 高田松原

ここが 地震遺構 の 中心 だな ・



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追悼施設 は 三年前 も 現在 も 変わらない

市街地 の 大部分 は 工事中 

亡くなった 人を 弔う のは ここ しか ない


啄木 の 詩碑 は 私には ちょっと 違和感

彼 が 流す 涙 は  恋 に 焦がれた 時 では なかった か ・



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そばに 「 陸前高田 復興まちづくり情報館 」 の プレハブ小屋 が

これから 復興 どうなるのかな ? と 思っている 私みたいな 人には

参考 に なる



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  三年前に 比べて 震災の 爪痕 は 確実に 風化している  それは それで いいのだが ・

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陸前高田へ

2016 年 3 月 9 日

北へ 向かっている 東日本大震災 5 周年 の 慰問 ( 視察 ) の 旅


気仙沼 大船渡 の 市街地は 復旧中の 道路工事で 運転に 注意が 必要

カメラ 構える 余裕 なく 粛々 と  通 過



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人口 2 万 5 千人 の 陸前高田市 では  

あの日 津波 で 2400人 以上 の 人が 亡くなった


市街地 は かさ上げ工事 の 真っ最中



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  三年前の 陸前高田市 は がれき も 除かれて 見通し 風通し が よかった

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あの時は 役に 立たなかった が 堤防 も 12.5 m に かさ上げして 補強 されている


郊外の 四、五階 建て の アパート群  

ほとんど 取り壊されて いる が まだ 残っている のも ・



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あの 奇跡の一本松 から 気仙川 を はさんで 対岸に 位置する 気仙中学校

ここの 津波 の 避難場所 は 近くの 標高 6 m の 駐車場 の 指定 だった

しかし 当時の 校長 は 不安を 感じ 地震発生後 直ちに 生徒 全職員 を 裏山の 高台に 避難 させた

はたして 津波 は 三階建ての 校舎の 屋上を 乗り越え 駐車場も 飲み込んだ


   気仙中学校の津波避難


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  「 津波は この屋上を 超えた ! 」  出来れば 外枠は 津波遺構 として 残し 改装 により 中学を 再開 して ほしい

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  2013 年 3 月 11日 の 陸前高田市 は 復興 の 土埃 が 舞っていた

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さらに海岸

三陸海岸 を さらに 北上 し 気仙沼市 あたり まで


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あの時 思った  

二万人も 亡くなった この地域  墓石の 需要で 大変だったろう な ・

今も 一生懸命 やってる ・



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見覚え のある 景色 発見 ! 

以前 は カインズホーム と 思って いたが 

見事 復旧 している コメリ に 拍手 ! !



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三年 たっても 五年 たっても  故郷 の 山 と 海 は 変わらない

国 破れて 山河 在り  

国 被災しても 山河 変わらず



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海岸を行く

2016 年 3 月 9 日

南三陸町 から 海岸沿い に 北上

あの日から 五年後 の 復旧 途中 を

写真から 感じて 欲しい ・



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  2013 年 3 月 10 日 の このあたり   どこでも



以前 通った とき コンクリート壁 一面 に 小学生 による お礼の言葉 が あったので よく 覚えている

今は それは 消されて 同様 の お礼の 表示 が

田束山 ( たつがねやま ) は 眺望 と つつじ の 名所  車で 頂上まで 行ける

南三陸町 の 復興支援 として ぜひ 皆さんで 訪れて 下さーい


  田束山 (たつがねやま)


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津波 により 鉄橋 も 線路 も 駅 までも 徹底的 に 破壊された JR 気仙沼線

復旧 には 莫大な 金が かかるし 被災した 自治体 の 復興計画 により ルート変更 を 迫られる ところもある

三陸鉄道の 南北リアス線 は 観光メイン なので 全国の 人の応援と 地元の努力 で なんとか 開通したが

JR東日本 担当 の この路線  そうでなくても 廃止したい と思っていた 赤字路線

鉄道の 復旧は 早々と あきらめ 鉄道の跡地を 一部 専用道路 とする バス路線 に 切り替えた そう


ただ 現在 残っている 線路や 橋梁は 震災を 伝える 遺構 として そのままでも いいのでは ないか ・ 

と 不謹慎 ながら 思う



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まだ南三陸町

切曾木地区 から 海岸沿い に 志津川地区 に 移動

志津川地区 は 南三陸町 の 中心を なす 集落



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海岸沿い を 走る JR 気仙沼線 は 鉄道の 復旧 は あきらめ バス に 転換する という

鉄道の 跡地を 利用した バス専用道路 などの 施設 が 見られる ・



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港湾施設 も

山あい の 集落 も



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町の 中心部 は 全体 を かさ上げ する ようだ

土の 山 の 間 を くねくね 走る



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あの日 ここから 町中に 避難を 呼びかけながら 津波の 犠牲に なった ・

この 防災管理棟 は 保存される ようだが

周り の かさ上げ が 進む と 穴の底に ある ように なる

震災を 忘れない シンボル として これで いいのかな ?



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三年前 の 防災管理棟 は 本当に インパクト が あった

他にも 残しても よい 建物 は あった のに ・



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石巻 の 復興マルシェ は すでに なかった が

ここの 南三陸さんさん商店街 は 元気 に やっている よう



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  ここは  ・ ・












南三陸町で

道の駅 上品の里 から 東浜街道 を 進む と すぐ 南三陸町 に 入る

峠 を 下り きれない うちに 津波到達点 の 表示が ・  

ここまで きたのか !



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くっきりと 津波の痕跡が あった 杉林 を 切って 高台に 住宅でも 作るのかな ?

以前 来たとき ここに セブンイレブン が あった が 少し 移動していた 

がんばってる !



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切曾木 地区 は 遠く で 復興工事 の つち音 が 聞こえる

仮設住宅 は 終了して 家屋や 田畑の 復旧 が 進んでいる よう



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   三年前 の 切曾木 地区

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この先  " 三年前の 記憶に 焼き付いた 景色 が 現れる ! "

と 思っていた が

海に 注ぐ 河口付近 は 荒涼とした 遺跡 状態

あの 傾いた 水門 管理小屋 は どこへ行った ・



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   私の 脳裏に 残っている 三年前の 景色

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いずれ 水門本体 も 含めて 復旧させる のだろう ね

時の流れ に 身を 任せては いない が 

時の流れ が 彷徨している


 2013 年 3 月 9 日 切曾木地区  ここは


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北上川は

石巻 では 今でも 津波の 痕跡だらけ の 惨状

ずっと  鬱積 が 溜まっている


北上川 沿い を さらに 北へ

悠々 とした 水面 に 少し 心 が 洗われる



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道の駅 津山 ( つやま ) は 静かな 山ふところ に ある

" 車中泊 は ここに すれば よかったか な " と 思ったが もう 遅い

名物の つやま丼 は かつ丼 風  

ただ カツ の 代わり に 厚揚げ を 使っている ヘルシー丼

小野寺氏 の 地元でも ある のか な ?  

いちおう 放射線量 を 測って みた が  まったく 自然 レベル



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さて ・  

あの 山を 越えたら 

まもなく 南三陸町



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石巻のあの付近

石巻市 南浜町 は 震災 以前 は 住宅 密集地

昨日 見た 南相馬市 郊外 は 震災 以前 は ほとんど 畑 か 田んぼ

津波 が 去った 後の 景色 は どちらも あまり 変わらない

きれい さっぱり ・



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小さな 祠 (ほこら) は  神社 か お稲荷様 か ・

枯れて 立ち姿を 曝す 木 は  

津波に のまれた 人々の 苦しみ を 表して いる ようで ・ 

やるせない



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遠く を 見れば  復興 の つち音

あの時 適切な 避難 が 行われた 門脇小学校 も  

高台 には 新しい 建屋 群 

少し は ホッと する



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震災 十周年 に また 来るから

その時 は 完全に 復興してて くれー

国 も 自治体 も  被災者 も 復興 業者の 皆さん も

みんな  がんばれー ・ ・



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石巻市は

2016 年 3 月 9 日

車中泊 した 道の駅 上品の里 から 少し 戻って 

石巻市 を 訪れる

三年前 来た時 は ちょうど 震災から 2 年 経った 3 月 11 日  

ここで ガーン と 殴られた ような 衝撃 の 景色 を 見た ・


  2013年3月11日 石巻市 ⇒  石巻市


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北上川の 下流 近く に 悲劇の 大川小学校 が ある はず だが 確認 できない

中瀬 の 石ノ森 萬画館 は あの時 も 津波に 耐えて 健在

とぼけた顔 が 周り の 悲惨な 景色 と 対比



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前回 行った 復興マルシェ に 行って みたが 

取り壊し の 最中

復興 は さらに 伸展中  という こと か ・



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日和山 の わきを 通って 南浜町 へ

住宅 付近は 区画整理 の 道路工事 が 盛ん

あの時 流され は しなかった が 津波 の 破壊跡 を 残す  称法寺

なんとか 修復 が 進められている 模様



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上品の里で

石巻から 少し いったところ に ある 

道の駅 " 上品の里 " ( じょうぼんのさと ) 

レストラン や 温泉 も あり 旅行者 や 地元 の 人 に 大人気

二年前 味を 占めている ので 当然 私も 泊まる

今の 季節 暑くも なく 虫も いない ので 車中泊 は 快適 ( のはず )



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しかし 何事 も 想定通り いかない のは 世の中 の 常

特に 私の 旅 では しょっちゅう !

前の 道を 通る 大型ダンプ の 騒音 が ひどい ! !

山登り では 疲れているので どんな 悪条件でも 寝る のに 不自由 しない が

今日 は 大した 運動 も していない  おまけに 最近 睡眠障害 気味だ  

これでは ・ ・


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しかし  この おびただしい 数 の 大型トラック は ・ !

おそらく 日本中 すべての トラック が 三陸 に 集まって きてる のでは ないか !


ま 何兆円 も かけた 震災の 復興事業 だから  さも ありなん 

とにかく  がんばって やってくれー ・



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相馬市 付近

南相馬市 から 6 号線 沿い の 県道 を 北上

住宅の 状況 は だいぶ 改善 されている ようだ が

所々に 二年前 と まったく 同じ 景色 が よみがえる



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発電所 みたい なのが 現れる と ドキッ と する 

原町火力発電所 は 何事も なかった かの よう に 稼働中



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道の駅 " そうま " で 休憩

ここは 二年前 は あった かな ?  気が付かなかった

震災の 生々しい 記録 が 保管 展示 されている



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車 は さらに 北 へ

遅々として では あるが 確実に 復興の 気配 は ある

新しい 鉄道の駅  耕された 畑  建てたばかりの 家  ・



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日 が 傾く と なんだか 落ち込んで くる

あの時 ここで 何人の 人たちが 流された のだろう ・

涙 が 出る 前に ・  高速 に 乗って

夜行 にて  一路 石巻 へ ・



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ここは 南相馬

2016 年 3 月 8 日  

私 は 福島県 南相馬市 の 郊外に いる

東日本大震災 五周年 にあたり 

復興状況 を 自分の目で 確かめる ため ・



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二年前 の 2014 年 3 月 8 日 も  同じ 場所 に いた

三年 たっても  五年 たっても

景色 は ほとんど 同じ 



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放射線量 まとめ

2011年 12月 の 放射線 レベル


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2016年 3月 の 放射線レベル  今回測定分


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自分の手で 直接 測定した 意義は 大きい

今回の データ 解析 は また 別記事にて ・










原発 最接近

常磐道を 浪江 I C で 下りて 6 号線 へ 向かう

車 が 案外 多く 渋滞 までは いかないが 連続 している

夕刻 に なった ので 原発など の 作業員が 仕事を 終えて 

避難区域 の外に 移動 している と 思われる



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突然 カメラの ファインダー が 真っ白に なる !

なんだ ? 強烈な 放射線場 に 突入した のか ?

たぶん なんかの 原因で 露出不足 だと 思うけど ・

原発内で 部分的に 臨界事象が 発生し 短時間の 強力な 放射線が 発生する ことは ある !

JCO 事故 みたいに ・ まさか !



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浪江 の 街中  

道の 両脇の 家々は バリケード や 柵 で 固められている



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浪江 I C 接続道路 が 6 号線 に 出会う 所に 浪江町役場

5 時 に なった ので 職員 " みんな さー 帰ろう ! " の 感じ

夜 は 居ては いけないんだから 早く 帰って 下さーい



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ここから いよいよ 6 号線に入る

つい 最近まで 一般車は 通行できなかった ところ

今も 歩行者は もちろん バイクも 原付も 走ることは 出来ない

混んでいるが みんな 一定スピード 一定車間 で 慎重運転



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ここから 双葉町

パトカー が 一緒に 走って 見張られている

絶対 ヨソから やってきた ドロボー と 思ってる な ・

なんだか 緊張する

ここで 停止して 放射線を 測る ことは 出来ない

故障 でも したら どーする  

2 年前 は キー閉じ込め も やったし ・



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双葉町の 家の集落 が ある あたり 

なんとか 放射線レベル を 測定したい が

緊張運転 しながらの 測定は なかなか 大変 

さらに 指示が 出て カメラで 撮る のも 至難の業

動きながら の 測定 で  0.17 μSv/h

こんな所で 接触事故でも 起こしたら  おそらく 

すぐ パトカー が 十数台 飛んできて 一大事件 に なる !



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あ ! ここが 福島原発 

すぐ そこに 見えるんでは ないの !  

あわてて  写真 写真 ・ ・

見るのに 感動 ? していたので  

カメラの 起動 に 至らず ・



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原発の 絵を 撮りそこなった ので

TV の 画面で 代用

雰囲気 は 活力あふれる 工事現場 のよう

あそこに 何千人も 働いてる 人が いるんだ ・



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原発 近辺 の 民家  

この付近 全て 入口 は バリケード や ガードレール で 閉ざされている

5 年 も この状態 な の か ・



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6 号線 から 常磐道の 富岡 I C への 取り付け道路

途中 で 停めて 道路の 地表面 位置 で 放射線 測定

 1.06 μSv/h    妥当な値 と思う 



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富岡 I C 入口 わき に ショッキングな 表示 が !

常磐道 の 放射線レベルは   0.1 ~ 4.2 μSv/h

4.2 μSv/h なんて これまで 経験 していない !!   しかし ・

飯館村の 長泥地区 近辺で 私が 測った のは 2.76 μSv/h

汚染地帯 を 突っ切っている 常磐道 では 2 倍くらいの 値 は あり得る



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とにかく 放射線レベル が かなり高い のは 充分 確認できた

気分的に もう これ以上 被ばく は したくない !

富岡 I C から " 帰心矢の如し " で 東京へ まっしぐら



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常磐道 と 4 号線 での 放射線 測定データ を まとめて 示す

意味が あるのは 富岡 I C 入口付近 の 地表で 測った  1.06 μSv/h


飯館村での 測定データ を 合わせて みると  ざっくり 言って

帰宅困難区域 の 縁 ( へり ) は およそ 1 μSv/h  だな ・



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常磐道 南下

今回の 東北遠征の 行程 は 南相馬市から 北へ向かい 三陸の 東日本大震災 慰問 に 向かう

しかし 帰る 時 また 原発付近の 放射線線量 が 高い地域 を 通った ので その部分 から 先に 記事 にする


常磐道 高速 を 南下しながら 放射線 を 測定  

そして 福島原発 に より 近づく ため 一部 国道 6号線 を 通る ことと した



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常磐道の S A に 原発付近を 車で通過する 場合の 被ばく量 が 表示されている

常磐道     南相馬 I C ー 広野 I C 49.1 km を 70 km/h で 通過した場合    0.37 μSv

         浪江 I C ー 常磐富岡 I C 14.3 km を 70 km/h で 通過した場合  0.17 μSv

国道6号線  浪江町 双葉町 富岡町 の 避難指示区域 14.1 km を 時速40 km/h で 通過した場合  0.98 μSv



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S A での 表示から その場の 放射線 レベルを 計算すると

  常磐道 では   0.50 ~0.85 μSv/h

  国道 6号線では 2.8 μSv/h



さて 実際 自分で 確認した 結果は ・


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イッキに 仙台を 通過して 常磐道を 南下

測定データ は 以下の通り  ( 一部 高速道 の 放射線 線量表示板 による )

走りながらの 車内 測定 は 当然ながら レベルが 低い

浪江町付近 の 0.8 μSv/h は  S A での 表示 に 一致

飯館村 での 私の 経験から この付近の 地表面 や 藪の中 は かなり 高いはず



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さて これから  常磐道 を 下りて ・ ・








飯館村 周辺地区

飯館村 で  放射線 レベルが 最も 高い 長泥地区 へ 行ってみよう !

役場 で 「 途中で 通行止め と なっていて 行けないよ ! 」 と 言われた ものの ・ 

とにかく 行ける所まで ・

人も 車も いない 静かな 静かな 399 号線 を 進む  

うららか な 日より 清々しい 景色 ・


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途中 道のわきに ちょっとした スペースが あったので 測定 駐車

道路ぞいの 笹などの 草木は 刈り取られている  山道では これが 除染
 
では 除染していない 笹薮の 中の 地表位置で 測定してみる   1.57 μSv/h

村役場の 裏より かなり 増えた  

当初の 基本レベル 韮崎 0.06 μSv/h から 比べれば 25 倍 以上



この場所から ちょっと 離れた所に 民家 が あったが

ここの 周囲は 木を伐り 土を剥がす など 徹底 除染 が 行われている


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ほぼ 峠を 登った 所で 通行止め の ゲート が ・  

" この先 長泥地区 放射線線量 が 高く 帰還困難区域 通行制限中 "

私は ここで 放射線 を 測定  もちろん 近くの 笹薮の 地表の 位置で  

   2.76 μSv/h   これまでの 最高値 ! 


ヒマそうな 若い ガードマン と しばらく 世間話  

ガードマン の 役目は 村落に 侵入する 泥棒 防止 だそう
  
「 ここに 一日中 居て 放射線 は 怖く ありませんか ? 」    

  「 この付近は 除染 して 1 μSv/h 以下 と 聞いている ので 大丈夫 ・ 」

「 でも ちょっと離れた 藪の中は こんなに 高いんですよ ! 注意して下さい ね 」


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私に とっては 今日は さわやか 山岳ドライブ

いま来た 道 を 少し 引き返して 汚染地帯 の 周りを 辿る ように 南相馬市 方面 に 移動

途中 除染作業 も やっていたが  これ ! 道路の 拡張 整備 だな ・


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南相馬市 に 入った 所で 放射線量 の測定   0.84 μSv/h

もっと 高い と 思っていた が ・  

原因 は 水が 流れる所 だった ため か ?


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南相馬市 の 峠を 下りて やや 平地に さしかかった ころ  突然 モーレツな 咳、 くしゃみ、 鼻水 ・ ・

しばらく 忘れていた が 絶対 花粉症 !

私に とって 今 放射線より 怖い

口や 鼻の中 そして 咽喉 を 除染 出来ないものか ・ ! 


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さて ・

今日一日 放射線を ずいぶん 浴びた から ( 変な 理由 ! )

南相馬市 の " COCOS " で 久しぶり 豪華な ステーキ定食

店内で 放射線測定   0.04 μSv/h    最低値 だね

ここは 繁華街 真っただ中 なので  ま 当然 か ・


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飯館村役場で

2 年前 の 飯館村 役場 は ・   

   飯館村 帰宅困難対策

 所々に 雪が 残っていた  

 役場 玄関 の アプローチは 石畳を 剥がして 除染作業中 だった

 そして 職員の方と いろいろ お話 して 地域の 放射線の 測定データ を 頂いた

 さらに 自分の 測定器 で 屋内 および 庭の 放射線量を 測定した

 測定値は 屋内で 0.12 μSv/h 屋外で 0.50 μSv/h

 0.50 μSv/h !  という 高い値 に 少々 驚いた

 実はその時 忘れられない 大事件 が 発生した 

 線量を 測定中 なんと 車の キー を 閉じ込めて しまった !

 詳細は 略す が 途方もない 努力を 強いられて JAF を 呼び なんとか 開 錠 

 危機一髪 この 停留 禁止地域 を 脱出 できた



2 年 経って また やって来た 飯館村役場

ここの 除染 は バッチリ 建物 も ピカピカ 石畳 も 新品


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駐車場に 止まっている のは ほとんど 除染業者 の もの

おそらく 田んぼの 土を 掘り返した と見られる 大型トラクター も


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さて 2 年前 測った 同じ場所 で 放射線測定 

結果 は  1.22 μSv/h   

2 年前 は 0.5 μSv/h だった から この値を どう見るか  だ が ・

その前に 役場 で もらった 村内の 除染状況  環境放射線 のデータ について 検討して みよう


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飯館村 各地 ( 20ヶ所 ) の 放射線測定データ は 今でも 月二回 公開されている    

今回 手に 入れた のは   

2015年 11月19日 12月 3日 12月24日 及び 2016年 1月21日 のもの

各々 農地 及び 宅地   測定高 1 m 及び 1cm   除染作業が 終了したか 否か  

に 分けての データ



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以上 の データ から 言える こと

● 除染 してない ところ は 浪江町 境 の 丘陵地帯 特に 長泥地区 は 4 μSv/h 以上 で 異常に 高い ! 

  政府の 除染目標は 年間 20 mSv ( = 2 μSv/h ) 以下  これの 2 倍 以上  

● 平均して 農地より 宅地の 放射線線量 が やや 高い 

  一様な 形状の 農地 に対して 多様な 形状の 宅地 は 除染が 難しい と 思われる

● 地上 1 m 高 と 1 cm 高 の 測定レベル の 差は ほとんどない

  私の 測定 では 1cm 高が 2 倍 の 値  測定器 の 性能 (シンチ、半導体 )、エネルギー設定 など の 差か

● 除染済み の 放射線レベル は 概ね 0.5 ~ 1.0 μSv/h  私が 東北道で 測った値 と ほぼ 同じ

  ちゃんと 除染 の 効果は 出てますよ  と いうことか ・


これから  飯館村 役場 裏 で 私が 測定した 1.22 μSv/h  という 値 は

測定場所 が 除染 しにくい 草の生えた 土手の 斜面 すなわち 汚染物質 が まだ 地表面 に 残っている

のが 原因 では ?    


そうなると  ざっくり 言って

 飯館村 の 放射線レベル は 特別な地区を除いて 0.5 ~ 1.5 μSv/h  

 除染 しにくい ところ は ホットスポット として 所々 存在する



   飯館村 除染計画

   飯館村 帰宅困難対策










飯館村の街並み

飯館村 では 住居地区や 農地は 徹底的に 除染 している ようだ

人が 住んでいない 家々も ピカピカに 磨き上げられて いる


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泊まれない 区域 だから もちろん 住民 は 見かけない  

小学校の 表示 が やたら 目立つ


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珍しく 人が 集まっている所 を 見つけた ! 

農産物販売所で 営業 している セブンイレブン

除染作業員 や 役場の人々 など 昼間 の 人口 は 多い   

セブンイレブン エライ ! 


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集落の 近く は 放射性廃棄物 の 袋 が 青空色の シートで 覆われている  

たしかに 真っ黒 だと 気分 悪い ね


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ここに 限らず 福島県 各地で 環境中の 放射線を測る モニタリングポスト が 設置 されている

私は 昔 この 環境放射線モニタ を 設計していた だけ に どこの メーカー か 気になる 所

大手 の F社や A(H)社 では ない よう   

みんなで 作る 合弁事業 とした かな ?

なぜか ほとんど 稼働 していない


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飯館村は

2016 年 3 月 8 日

2 年ぶりに また やってきたよー  飯館村

なつかしい ・ !   村の 境の 小さな 祠

  飯館村 帰宅困難区域  2013 年 3 月 9 日



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以前は 帰宅困難区域 ( 当分 帰れない地域 ) だった 

今は ほとんどが 居住困難区域 ( 宿泊 できない地域 ) に 変更された ようだ

どっちみち ほとんど 人を 見かけない のは 昔 どおり


しかし ・

なんだ ! これは ー !

黒い 鸚鵡 ( オウム ) の 一団 に 占領されて いる !



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ま 田んぼ の 土入れ替え ( 除染 ) は 順調に 進んでいる ということか

放射性廃棄物 の 黒い 袋 は まるで 墓標


いちおう 表面の 放射線量 を 測ってみる   0.47 μSv/h    こんなものかな ・

あとで 調べて 分かった が "" の 印は 袋の 中身を 山砂 ( 放射線の少ない ) で 囲った もの  

中心 は レベルが 高い が 表面の 線量が 高くならないよう 配慮 してある

"〇"の 印は 除染した 土を 袋に 詰めた が 表面線量が 高い ので 山砂による 遮蔽処理 が 必要 なもの と 予想する



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山砂 だけ の 袋は 割と 道路 近く 無造作に 積んである 

遮蔽材 または 土地改良剤 として 使われる のかな ?



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" 美しい日本 " は どこへ 行った ・

早く 最終処分場 の 建設 を












川俣では

川俣町 に 入る

二年前 は そこらじゅう 除染作業 が 行われていた

 隣の村は
 


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道の駅 川俣 で休憩

駐車場で なんだか 作業中  

「 まだ 除染作業 やってる のですか ? 」  「 いえ 電気自動車 の 充電スタンド 工事 です 」

いちおう 放射線量を 測定   0.13 μSv/h    除染 完了の 割には 少し 高い ね



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川俣町 から 飯館村 へ 行く 途中

完全に 地面を 削って 取り除く 除染 が 行われていた



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2 年前 ここの 土手の付近で 除染作業 が 行われて いたので 

再び 放射線 を 測定してみよう !

測定箇所 は 土手の 下部  溝の中

ここは もう 除染 が 終了している はず だが  0.23 μSv/h


2 年前 と あんまり 変わって いない ね


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以前は 放射性廃棄物 の 黒い袋 が 積み上げられていた

現在 は トタン板 に 囲まれている



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放射性廃棄物の 置き場など 周囲を 見ながら 運転している と 車の スピード が 不安定

後ろ から ダンプに 強引に 左から 追い越されたり ・

ちょっと 危険運転 の 状態



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やはり 原発に 近づく につれて 放射線量 は 確実に 高く なっている


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安達では

夜中 12 時 過ぎ 二本松 I C で 高速を 下りて 4 号線 を 少し 走った所  道の駅 安達

今夜 は ここで 車中泊


除染作業中 の 看板 も あるので 寝る 前に 放射線量 を 測ってみる

0.06 μSv/h   思っていた より も 高くない ね
 


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山登り旅行 の 車中泊 では 通常 日の出 前に 起きる が 

今回 は 最近の 生活パターン 通り 遅 起き


除染作業 している 所 少し 丁寧に 測定して みよう

S A 内の 除染 は  建屋、 コンクリート床 などは ふき取り、 水洗い  そして

地表面 は 草刈り、 15cm の 表土除去 を 行っている らしい


15 cm 地表を 削っていない すなわち 除染 し残した 地表部分 は 高い のでは ないか ・

予想 通り  放射線量 は 0.27 μSv/h

韮崎 の 4 倍以 上 !



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東北道の線量は

たかね の 別宅を 午後 4 時半に 出発  

なんで こんな 時間に 出発したか と いえば 

高速道路 を 夜中12 時過ぎ に 出ると 深夜割引 (ー30% ) となる  これで 高速代 3000 円 は 節約できる


甲府昭和 で 中央高速 上り に 乗る  天気 は 雨  

圏央道 八王子分岐 まで は 特に 何もなし


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圏央道 に 入ったら 八王子トンネル を 抜け 関越 を 横切り 久喜白岡 JCT から 東北道 へ ・

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日が暮れて 運転も 疲れてきたので 佐野 S A で 休憩  

駐車場の 車中で まずは 放射線 測定 

0.09 μSv/h か   韮崎 の 50% 増し


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さらに 30 分 東北道 を 北上  上河内 S A で 夕食 休憩

放射線量 は SA レストラン の 机の上で 0.12 μSv/h   んー 韮崎 の 2 倍 か


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更に 北上した 那須高原 S A では レストラン内 で   0.08 μSv/h  

少し 低い のは  福島県境 の 峠が 原発に 対して バリアに なったため か ?


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福島県 に 入って 鏡石 P A の トイレ 廊下 にて  0.05 μSv/h

更に 低く なったのは  常に 清掃 ( = 除染 ) している トイレ という 場所 せい ?


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郡山 近く の 安積 S A  ここは 原発から 60 km くらい の ところ   それでも 放射線量 は

0.09 μSv/h   この数字 は 車内で 測定した ため か ? 除染の 程度による もの か ?


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高速を 下りる 直前の 安達太良 S A にて 駐車場の 車中で 測定  0.08 μSv/h

福島県内 の 高速道路 では 放射線量は 原発からの 距離とは 関係ない ようだ


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以上の 放射線量の測定データ を まとめて 以下に 示す

車中や 室内など 測定場所 また 測定地点の 原発に対する 地理的状況 など 変動要因も 考えられる が

概ね 東北道 では 0.1 μSv/h 弱 の 線量  

原発事故に 無縁の 韮崎 よりも 確実に 高い

原発事故 による 放射能 汚染が 5年経った 今でも 存在する ことを 自身の 測定で まず 確認 した


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また 東北へ

( 本記事作成 は 2016 年 2 月 半ば )

そろそろ 東日本大震災 から 5 周年 を 迎える 

TV では 特集記事 が 数多い が 正直 我々の 記憶の メモリ は 相当数 入れ替わっている

2 年前 訪れた  飯館村 南相馬市 石巻市 南三陸町 陸前高田市 大槌町 山田町 ・ ・

今 どうなって いるだろうか ・  もう 復旧 している だろうか ・

 2013年3月 東日本大震災 東北行脚


悶々と していたら  2 年前 一緒に 被災地を 廻った せき君から 突然 の メール

5 周年なので 3月11日 あたりに また Guitar を 持って 被災地を 訪問する という

ポンと 背中を 押された 感じ  よし ! 私も また 一緒に 参加させて くださいー


前回 は せき君 の 音楽イベント の 裏方的 お手伝い で 多くの 被災者と お話し が 出来た

そして 私 は 自分の目で 津波の被害 と 放射線の レベルを 確認した

今回 も 前回と 同じ日程 同じコース を 辿って みよう !


まずは 私の 専門分野  

 ☆ 5 年経って 環境 放射線レベルは どのくらいだろう ? 

 ☆ 除染は ちゃんと 行なわれている ? 効果 は ? 

 ☆ 帰宅 困難区域 の 放射線レベル は ?

その辺の 調査記事 を まとめて シリーズ化 する  

( 津波被災地の 記事に ついては 後ほど 別シリーズ にて )



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2016 年 3 月 7 日 たかね の 別宅を 出発

たかね に 来たのは ここに 仕舞っておいてる 車中泊の 用具を 積み込むため

もう だいぶ 復旧した と思われるが 被災地に 赴く 時は 移動手段や 宿泊、食事などは 自分で 責任持つ のが 当然 !

私は いつもの 山登り 旅行 と同じ なんで まったく 苦にならない  自由に 動けるし ・



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放射線検出器 は 半導体タイプ  積算線量 と 瞬時線量 の 測定が 可能

まずは 基準となる 原発事故の影響がない と思われる ここ 韮崎 の 放射線量 を 測ってみよう

八ヶ岳展望道路 での 車内測定  10分間 の 平均値 で  0.06 μSv/h



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なお 一年間 を エイヤと 1000時間 と 仮定する と 0.06 μSv/h は 0.6 mSv/y となる

通常 我々は  環境から 年間 0.6 m Sv  程度 放射線 を 浴びている   他 に

食べ物 による 内部被ばく  検出しにくい 宇宙線による 被ばく  地表の 放射性ガスによる被ばく  が あり

総計すると 場所や 個人差 にも よる が 年間 被ばく量 は 2 ~ 3 mSv である  

というのを 頭に 入れておこう



  放射線のレベルは








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