G3は今日も元気

典型的な団塊オジさんの自己満足的日記・・早期退職して悠々自適なのだ・・内容は・音楽雑論、マンドリン、二胡、百名山行、花と菜園、旅あるき、原子力と放射線、別荘暮らし、熊本で介護、猫の石松など・<府中市在住> リンクフリー

モッコウバラの

昨年の5月 隣の隣の家の モッコウバラ を見て 感嘆 ! ムラムラと対抗心が湧いてきた

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今年の2月 阿蘇はな美 で買った2本のモッコウバラを植える 色は対抗上 白

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これが このひと夏で ギューンと 背丈を越すほど 伸びてきた

棚が必要だが かなり大きくて頑丈なのが 要るな・


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買ったり業者依頼すると ン十万は かかる 庭は すべて自作がモットーだけに なんとか・

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材料は これまで桃やひまわりを支えていた パイプ と 余った板 コンパネ用 鉄網

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組み立てたら 高さ3m 幅5m にも なった 

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脚を少し切り 渡し板を追加して補強  何度も 形を補正する

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一週間後 棚部の金網を追加 三日前の台風直撃による強度試験も 無事合格していた

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一番苦労したのは 伸びた枝目を 金網を通し 棚にからませること いくつ折ったことか

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苦労したが 来年の春には 富士山をバックに 白い花が 鈴なりに なってる ?  

だろう・・  














帰国

6泊7日の あわただしくも 充実した 台湾演奏旅行 も いよいよ 帰国の日

台北で宿泊したところは 華国大飯店 日本式に言うと帝国ホテルだナ イチローも泊まった 四つ星ホテル


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ホテルの部屋では NHKのBS放送も 見れる しばらく居なかった日本で 大騒ぎになっているのは ?

新型インフルエンザ と 民主党の鳩山新体制
 

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楽器の 帰り飛行機対策 は バッチリしたものの・

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皆さん! 熱はありませんか? 人ごみではマスク着用して ! 成田で いきなり隔離されないようにね・

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最後まで 気の抜けない 緊張感 を 保ちながら

いっぱいの 思い出も お土産に 楽しかった台湾を 後にします


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 おもえば・・  <回想中>

実質 3日間の埔里市滞在で 6回もの演奏会を開催できて Dolceメンバーも 売れっ子タレント気分を
体験できました すべて大過なく努めたことで 今後の演奏活動への大きな自信となったのでは・


埔里基督教医院
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牛耳リゾート餐庁
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埔里国民中学校
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陳先生宅
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金都レストラン
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埔里文藝中心
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埔里市近郊 の観光も 素敵でした

私好みの 町の裏通り 昔の日本にあった農村の原風景 も 十分堪能しました


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台北市は 40年前に比べてすっかり様変わり 発展する都会の姿は 日本と変わりません

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中華料理は 台北では 全く 日本と同じ でしたね ま 近くの国だから・

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埔里での 田舎料理(失礼!)は 独特で楽しめました 特に姫筍みたいな皮を剥いで食べる この マコモ

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こんな充実したスケジュールを楽しめたのも

我がDolceの O会長の周到な準備 それと 現地で事前に企画し 滞在の時は 何から何まで
お世話してくれた 埔里市の名士 蔡さん 埔里市長をはじめ 市の職員の皆さん 数え切れな
いほどのボランティアの皆さん ・・ のおかげ  本当に ありがとうございました


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埔里市は 日本からのロングステイ (特に退職者) を受け入れることを 市の政策と しており
我々自身も キャンペーンの一部に 協力できたようです

日本国の "文化親善大使 " としては 少々役不足 だったかもしれませんが
ここに来て 初めて地元の人の温かい "おもてなしの心" を感じ 十分 享受することが出来ました


埔里市の 観光キャッチフレーズ は

自慢の4W ①Weather <気候> ②Water <水> ③Wine <酒> ④Women <女性>  だが

我々のO会長より これに Warm heart <温かい心> を 付け加えたいと提案し 馬市長も 快諾されました


なるほど これは 実感 !   

今度は 例えば花粉症の期間 埔里にロングステイ など いいんでは・・ と 我思う



台湾の人々の Warm heart 「好客」 を 感じながら

長らくお楽しみ頂いた 台湾演奏旅行 の記事を 終了させて 頂きます

また 来年の3月 同様の記事が登場しますので  どうぞ お楽しみに ・・















夜市

バスに乗って ETCの高速を通り 夜の町を40分 そして かなり細い山道を喘ぎながら登る

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眺める夜景は 基隆市の港 こちらの山の上まで連なる家々の明かりが 戦前の日本の雰囲気

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ここは 台湾でも有名な 九分 の夜市街 山の中に突然賑やかな通りが出現する

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狭い勾配のある夜市をかなり歩く 相当大規模の夜市 階段を下りると 廃墟となった映画館

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見たような景色と感じたのは 映画 "千と千尋の神隠し " で登場した 神々が宴会をした建物

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基隆港が見下ろせるレストランで食事 気分は 戦前の横浜か・ はたまた 上海帰りのリル か・・ ??

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たまには 真ん中で写れ! という ご意見に従って このレトロな日本情緒の中で 記念撮影

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さて 台北市へ戻ってからも ホテル近くの夜市を見学しました ここも 人また人・・

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帰ったら ホテルで バタンキュー ・・ でした










台北市

今日も 台北市の観光地めぐり 台北駅付近は昔(40年前)の面影が まったく消えて・

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故宮博物館は レシーバー付きで あわただしく 中を 走り回りました

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総統府一帯は デモ活動のため 進入禁止 バリケードなど ものものしい
今日は 国民党の馬政権発足一周年の日 TVも 討論会など 政治色いっぱい

思えば 愛日家の李登輝政権から 台湾独立派の陳水扁政権 そして今は国民党の馬政権
このところ 台湾は 段々中国本土寄りに 政権の方針が 変化している

台湾中南部に多い 蔡さんなどの愛日家にとって やや望まぬ方向に向かっているのではないか・ 

国際情勢で 我が国が 政治的に台湾を切る というならば
我々民間の手で これら愛日家の人々と 友情の交流を深めたら どうだろうか


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昼食は 縣泰堂 ここが総本店らしいが 高島屋の立川新宿にもあるし 味は確かに美味いが・・

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なんか ワーワーギャーギャー あわただしくて はたして なにがどうだったのか・?

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みやげ物屋にも当然連れて行かれる 女性連は 生き生き 金の無い私は マ- 別に~・・・

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台湾でも景気対策の消費券なるものが配られている 日本では定額給付金だが いずこも同じ

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夜の繁華街は 活気があっていいね・ 食欲をそそる匂い なつかしくも怪しげな 小路

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台湾の青信号は動画 最初ゆっくり歩いてるが 黄が近づくと あわてて走り出す
その動きが なんとなくマンガチックで 面白く しばらく 歩道の真ん中で 見てた


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現在 世界一高い101ビル 東芝が開発した超高速エレベーターを 確認試乗 予想通りすばらしい

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390mからの台北の夜景は・・

まあ こんなものでしょう


















中正紀念堂と忠烈祠

中正紀念堂とは 蒋介石を祭っている廟である 壮大な白亜の建物と周囲の階段は大理石造り

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"ここは 外は 石灰石 中は 蒋介石 " ガイドさんが 必ず言う日本人向けギャグ

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イギリスに倣ったのか 衛兵の交代式が観光的に有名になってきた

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個人的には これまで蒋介石の歴史的足跡を調べ いろいろ知っているので 単純に楽しむ気分にはならない

もちろん 敬う気持ちも ない 階段は 蒋介石の年齢の数だけあるそうだ
 

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ところで 衛兵交代といえば もう一箇所 見学できるところがあるという それが 忠烈祠

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忠烈祠は日本で言えば靖国神社 国のために戦争で亡くなった英霊を祀っている

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衛兵は観光客がバラバラいる中を行進し 入り口で見張りに立つ 近づいていいもんだろうか?と迷ったが

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ガイドさんの強引な お勧めで 写真の背景にさせてもらった

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毎日の行進で門から廟まで跡が残っている そこを 野際陽子みたいに颯爽と歩け!と注文したものの・・

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忠烈祠には 蒋介石時代 日本との戦争で亡くなった人も 数多く祀られている 

衛兵交代がショー化され 日本の観光客も無邪気に楽しんでいる姿に 私は どうも引っかかる

靖国神社で アメリカ人観光客がバカ騒ぎしていたら 日本人は どう感じるだろうか

わずかの救いは

孫文の革命に協力した 山田良政 という人物が日本人としてたった1人 ここに祀られていることである




















孔子廟

昨夜は 各自 自由行動  各々の行状は ヒ・ミ・ツ ・・ 今日は台北の市内観光 まず 孔子廟

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入り口の "黌門 " という文字がいい !  黌 とは 学び舎 である

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一般市民が太極拳をやっている 日本で言えば 朝のラジオ体操か

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孔子廟は 古代宮殿式建築の 極彩色あざやかな廟

大成殿の中央に 孔子 その左右に 顔子 曾子 子思子 孟子 の 4人の聖人を祭っている ( fromパンフ )


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境内で ミヤビな 楽の音 が聞こえています 初めて出会った中国古楽器

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しゃしゃり出て二胡(らしきもの)を 弾かせてもらう しかし 誰も聞いてくれません

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せっかく TMEのTシャツで キメてたのに・ ここには 楽器の展示も数多く ありました

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台北市の廟は 地方みたいに巨大ではないので 移動は 楽

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人々の信仰の厚さを感じます

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新婚旅行的ツーショット写真もありますが アップも多く 個人情報管理の面もありまして・・ナニヲイマサラ


それよりも

いかにもガイドの助手みたいな顔をして 勝手に団体に加わって写真を撮り あとで売りつける商売は どげんかならんもんですかね

無理に買わなくてもいい と言っても 人の良さそうな売人を見ると むげに断るのも 心苦しい し・
仕方なく買ったけど そういった人間の情を試すような商売は 止めて欲しいね


捕里の人々の 本当に暖かい 無償の歓待を ずっと 感じていただけに・・













新幹線

今日は 埔里市から バスで台中まで行き 新幹線で台北へ移動する

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埔里市郊外は 1999年の大地震の震源地 崖崩れの痕が 今でも 生々しく残る

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新幹線の台中駅は 新しく出来た駅なので 田んぼの中に 突然 現われる

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新幹線の本数は案外多いが 予約便まで まだ 2時間以上ある ここで 各自 昼飯にチャレンジ

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私は 台湾で案外見かけないラーメンを注文 このタイプのラーメンは 日本ではどんどん進化している

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チャレンジ昼飯にて 事前に勉強していた中国語はほとんど役立たず ていうか 使う必要が無かった

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新幹線は 台湾の人の熱気と違い 我々は まぁ 見慣れたもの ・・ という感じ

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乗り心地などは 乗客の表情から判断してもらおう 私は これさえあれば 満足

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一時間足らずで 台北に到着

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バスでホテルへ 旅も 5日目で みんな お疲れの表情

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しかし ここに ひとり元気いっぱい そして 話し方が やたらハイの ガイドさん が いました

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さて ホテルに着いたその夜から始まる 台北の観光は ・・・











七里山塘

七里山塘とは 埔里市に滞在した時 お世話になった宿

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埔里市の郊外 前に湖 後に山を控え 広大な敷地に別荘風のロッジが点在する 落ち着いた宿

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広い芝生の庭 朝のすがすがしさは 子供の頃の林間学校 の雰囲気

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5月でも 昼になると 太陽は真上から 照りつける 南国特有の花が咲きそろう

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朝食に夜食に 美味しくて珍しい 心のこもった食事を 本当に ありがとうございました

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ほんの少しですが ここで合奏の練習も しました これが 証拠写真

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朝の散歩は快適 日本語の達者なお祖母ちゃんとも 懐かしい言葉で 語らい

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民宿形式ですが 部屋やレストランは 広くて ゆったりとしていました

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大人好み というか 日本人好みの 家の造りです

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夜も 宿の ご夫婦と 語らいが続きました

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4日間 運転手から通訳から丁寧なガイドまで 本当にお世話になった 蔡さん、ボランティアの人たち

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今日で お別れ 本当に お礼を言い足りない ・ !  もどかしさを感じながら ・・ 

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最後の埔里の夜が 更けてゆきます

しかし 埔里市の人々との新しい友好は これから 始まります そして ずっと続く・


そんな気が します ・・・
















埔里芸文中心

市長の歓迎晩餐会から 場所を芸文中心に移して いよいよ 埔里市で最後の演奏会

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今回 我々は 一番目の出演 まずは 馬市長の挨拶 そして 我が方は O会長が挨拶

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演奏曲目は

昴 夜来香 時の流れに身を任せ ウィーン我が夢の町 オーソレミオ 会津磐梯山・八木節 

旅愁を主題とする変奏曲 Die HEIMREISE (アンコール) 空港 北国の春


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台湾での演奏も これが最後 当然 リキを入れて弾く 出来は? 聴衆の感想は? 気になるところだが

所詮 我々は趣味として楽しむ素人の合奏集団 音楽の技量で聴衆を圧倒的に感嘆させる力はない

しかし マンドリン合奏という台湾の人には目新しい日本文化を紹介する役目は 果たしていると思う

素晴らしかった ! という感想は期待していない へぇーマンドリンってそういうものなの・・ で十分




我々に続いて 地元の合唱団 合奏団 の演奏 排笛なんて 南米にしかない楽器と思っていたが

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男女二重唱は プロのレベル え? 彼は この間カラオケで一緒に居た人じゃないの・ !

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埔里合唱団の人々は 最後に こちらから楽譜を贈った "千の風になって " を歌ってくれました

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終わったら 交歓会 舞台で 客席で ・

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客席は 千人近くの観客で満員 立派なプログラムも用意されていました

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主催は 埔里市だが 協賛組織が こんなに たくさん

南東県 埔里市の大勢の方の協力により 盛大な演奏会となりました











馬市長

埔里市主催の歓迎夕食会 蔡さんが紹介している人が 市長の馬文君さん

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一同 馬市長の あふれる若さと美貌に 注目 !  市議会最中の 忙しい合間をぬって 来てくれた

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贈り物の贈呈 高級そうな酸っぱくない梅干 を頂いた 我々も 日本文化的書物やCD等を お返し

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人気の馬市長と一緒に とにかく 写真を写りたい ・ 地元の合唱団の人も ・ 他のテーブルの人も ・

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えーぃ この際 !  今回のブログの趣旨は忘れて これから 馬市長の 写真集 に してしまおう !

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妖艶な 馬市長の魅力 を 感じてもらえました でしょうか













九族文化村

日月譚観光の シメ は 九族文化村

ここは 台湾原住民 九族の 建築 文物 歌舞が 保存 展示 披露されている

また 広大な欧風庭園 遊戯施設 青少年活動所 等を含む 総合的 娯楽 文化 教育センター でもある


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それなりに ・・  十分 楽しみました











孔雀園

ここも 日月譚の周遊コース 孔雀類だけの 動物園

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孔雀っていうのは メスに求愛する時を除き むやみに その美しい羽根を広げることはない

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しかし ここの孔雀は 訓練されているようで  初めは おとなしくしていたが ・

ある程度 観光客を じらしておいて まず リーダー? が イソイソと 羽根を広げる


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客の気を引いたところで 仲間がいっせいに羽根を広げ 盛り上げる 演出を心得ている ね

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最初 つまらないところじゃないの? と あまり期待してなかった 観光客も

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最後には 大満足の 笑顔 となる

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メデタシ メデタシ ・・・ 












文武廟

日月譚の観光コースのひとつ 文武廟 1938年創建で 北朝式のシンプルな屋根が 特徴

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この廟もデカい ! 奥のほうの廟は 裏山の上の方まで続く 私 行く人 あなた ここで待つ人

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ここは 文人と武人の 誰かを 祭っているらしい 私が知っているのは 三国志の項羽と劉邦 だが・・

本来なら 孔子 関羽 岳飛 を祭るべきであるが 歴史的にややこしい背景もあり

実際は 孔子 孟子 子思子の三尊のレプリカを廟内に安置しているそうだ ( 他情報より )


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階段を必死に登ると 当然ながら どんどん 高度は 上がる 

日月譚のながめが良いが この廟の屋根も なかなか 趣 がある


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登頂組は 満足して 待機組が待つ 廟の門まで 帰る

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お帰りなさーい  お疲れさまー


それにしても ・

日差しが 高い !






茶業改良所

日月譚の北 小高い丘の上に 公立の お茶研究所 がある 見学させてもらった

研究員という感じの若いお兄さんが 出迎え まず ウェルカムお茶をご馳走になる


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屋外で説明を受ける ここは丘の上なんで 当然 日月譚の眺めも良い

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台湾中部の海に面していない南東県は お茶の栽培に適した場所が多い

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いかにも 日本統治時代に建てられた という感じの 製茶工場

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お茶の香りも 気分が癒される けれど 昔の日本建築の文化的香り が とても心地よい

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南東県は 世界の三大紅茶産地 として売り出したいようだが ここまでには 先人の努力があった

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日月譚のダム設備 紅茶研究所 など

日本統治時代の施設が いまでも評価され 受け継がれているのは

嬉しい ・・









日月譚

日月譚 (にちげつたん) は 台湾を代表する観光地 埔里市から車で40分ほどで行ける

日本統治時代に作られたダムによる広大な湖に 遊覧船が行き来する


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殊勝なボランティアの人の車で ここまで来たが 遊覧船も 貸切りで手配されていた

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周囲には ホテル レストランなどの観光施設 名所旧跡が 集っている

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途中に浮島があり 遊覧船は みなココに寄る 全員で 記念撮影

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対岸の玄光寺へ登る ここから 日月譚の眺めが良い

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戦前に作ったダムは いまでも健在 巨大揚水発電所があり 付近の電力需要を満たしている

こういった日本統治時代のインフラ施設を 蔡さんは高く評価している 愛日家の所以


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台湾のワンちゃんたち 焼いてる肉は お友達じゃなかろうね! もう一匹は 広い船着場を悠々と散歩

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最近は 北 (=中国本土) からの団体観光客がどっと増え この不況時でも ここは ごった返していた

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女性連は 船の舳先で・ 皆さん ホントに 元気ですね~

私は 昨日の体調不良に懲りて 今日は なるべく疲れないよう 行動を 自重













歓迎レセプション

埔里中学校では 大歓迎を受けたのに その後 校長先生やPTA役員の人たちと一緒に 昼食会

更に更に 夜は 中学校の校友会の主催で歓迎会を開いてくれるという 当然 演奏会とセットで・


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演奏も 5回目 ともなると 余裕シャク 々 ・・ とはいかず ! またしても 演奏事故が 多多発発

宴の席なんで なんとか 目立たなかった・ かな?  かな・・??

校友会だけに 校歌をやると盛り上がり これは 盛り上げ効果抜群


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その後は 食事 そして お決まりのカラオケ へ 

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みなさん ホントに楽しんでいるというか 盛り上げに協力していましたね

実は 私は この時 急に気分が悪くなり トイレの中でダウン 30分ほど寝てました

そういえば 埔里中学校演奏会のあと 馬祖廟あたりで少々めまいがしていたし・

緊張が続いた疲れか?  昼夜と連続の酒のせいか?

後半 カラオケに参加できなくて 本当に申し訳ありませんでした















小さな演奏会

陳慶祥先生は 91歳 現役のお医者さんである 奥様は元日本人 90歳だが とても若々しい

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戦前の日本で医学を学び 東京大空襲の時には 焼夷弾の中で 負傷者の治療に当たったという

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戦後 台湾に戻り 医療設備の乏しかった当時の南東県で 孤軍奮闘で 人々の健康を支えたという

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日本で言えば 赤ひげ先生 今でも 先生を頼って治療に訪れる人が絶えない という

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そして 陳先生は 熱狂的な日本ファン いわゆる愛日家 北京語なんか話したくない というほど

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日本人と話すのが嬉しくてたまらないという感じで 話が止まらない

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歌も 日本の昔の歌が好き 奥様も 日本の雑誌など 今でも日本文化を 楽しんでいる

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そうなれば マンドリンで日本のメロディを聞かせないわけには いくまい そのために来たのだ!

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10分ほどの時間 演奏曲は 花(春のうららの・) みかんの花咲く丘 ふるさと

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陳先生は 蔡さんの奥様のお兄さんという縁で 以前O会長が知り合いとなり この演奏会が実現した

陳先生に限らず 台湾には いわゆる 愛日家 と称すべき人が たくさん居る









馬祖廟と鍛冶屋街

ここは 馬祖廟 馬は女へんが付く字であるが 誰を祭っているのか 聞いたけども 忘れてしまった

すなわち それほど疲れていたわけで・ 案内してくれている蔡さんはもっと疲れている と思ったものの・


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いかにも疲れてダラダラ見学するのも何なんで 現地の作法に基づいて 運勢を占ってもらう

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占いの結果は 住職が丁寧に説明してくれる よーするに "願いは叶うが人一倍の努力が必要 ! "

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馬祖廟の近くは 鍛冶屋さんが集っている地域

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そういえば 昔 こんな鍛冶屋さんが 近くにあったっけ

子供の時代に帰ったようで なんだか懐かしい気分


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♪ しばしも休まず 鎚打つ響き 仕事に精出す 村の鍛冶屋 ・・♪

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♪ トンテントンテン 鍛冶屋の鎚 森から 聞こえてきます

   ピイピイピイ 小鳥のうた ド-シラソドレミド~ ♪


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このうた 森の鍛冶屋 だったっけ?  曲はヘンデル? ドシラ・ は そのまま歌詞だった?

小学校時代のうろ覚え 違ってたら コメント下さーい
 

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             足の出演 I-Bel さん

普通の団体観光では とても 見られないような所です








ペーパードーム

ペーパードームとは 文字通り 紙の家

もともとは 1997年の阪神大震災のとき 神戸に集会所として作られたもの

1999年の台湾中部大地震の際 支援の一環として ここ埔里市郊外の桃米に移設された

その後 日本からの支援の象徴として ボランティア交流などもあり 建物も丁寧に保守されている


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一帯は 自然公園風 なんだか子供の頃の家の周りの田園風景を思い出させる 懐かしい気分

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ここは いろんな種類の 蛙(かえる) が居る という場所でも有名 展示館みたいなものもある

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蔡さんも こういった自然が 好きそうだ 台湾でも肩身が狭いタバコ族は 外でおもいっきり・

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助けてもらったり 贈り物で 恩を受けたら 決して忘れない

台湾の人々の 人情の厚さを 感じました









埔里中演奏会

入り口の歓迎ポスター

生徒の手作りで その気持ちは嬉しいが マンドリンの絵が ちょっと ? ね

よし ! 本物のマンドリンを 目の前で 皆に聞かせる意義は ありそうだ


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全校生徒が入りきれないので 仕方なく一年生のみ としたそうだ

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あい変わらず 国賓並みの待遇 まずは 生徒たちの演奏を披露

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先ほども演奏したリコーダ合奏は バスリコーダなどもあって四部編成 高度な合奏技術でした

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中国琴の二重奏 日本で言えば邦楽クラブの発表会 聴きたかった二胡は無いみたい

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フルートも 難しい独奏曲 でも彼女 どこから見ても 私が知ってる あの "やっちゃん" にそっくり

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世界中には おそらく自分と瓜ふたつの似てる人が 必ずいる という事実を 実感

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さて いよいよ我々の出番 司会進行は ずっと同行してくれてる 蔡さん 彼は以前ここの校長だった

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演奏曲目

時の流れに身を任せ 埔里中学校校歌 ウィーン我が夢の町 オーソレミオ Die HEIMREISE


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大人と違って 一緒に歌いだすようなことも無く 皆 おとなしく 聞いていたが
はたして 正直どんな反応だったのだろうか? HEIMREISE なんかのオリジナル曲は?
中学あたりで初めて聞いた音楽は 後々までよく覚えているものだ
この中で ひとりでもマンドリンに興味をもってくれれば それでいい
そう考えると 気楽になって 落ち着いて演奏ができた


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埔里中学校校歌は 行く前にメロディをもらって 私がエイヤと四部のパートに編曲したもの

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この編曲に対し

ご丁寧に 立派な感謝状を 頂き 名誉校友会の会員にまで ならさせて頂きました











埔里国民中学校で

今日は中学校で演奏会 おめかしして校門に立つと なにやら お祭りみたいなドラの音が ・・

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2頭の獅子舞いと 全校生徒の にぎやかな出迎えで 一同 唖然  え~ こんなの 初めて ・・ !

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二人組みの獅子舞は 息もぴったり これと お囃子だけでも 楽しめます

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校長先生の 出迎えを受け 玄関まで凱旋 祝賀パレードだね

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拍手の生徒たちに 話しかける言葉は ニーハオ ! くらい もっと 何か用意しとけばよかった

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こんなに 歓迎してくれるんだったら いい加減な演奏は出来ないな~ 緊張してきた

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玄関の前では さらなる歓迎式典 客を歓待する民族舞踊

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中学生でも なかなか色っぽい子も いるようだ 私は目で追いかけてただけです

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日本と違って 先生たちに威厳と統率力があります 子供たちもすなおに一生懸命動いています

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さて 演奏会場の体育館に移動 入り口では リコーダの合奏隊が さらに お出迎え

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演奏が始まる前に どっと 肩の荷が重くなったよう

下手な演奏して 中学生にバカにされないように・・

頑張らなくちゃ 
!











中苔禅寺

埔里市郊外にある 中台禅寺 は 台湾禅宗の総本山 

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近づくにつれて 巨大な寺の建物が 周りを威圧する

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京都大学に留学していた という 若い女性の修行僧が 丁寧に説明してくれる

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柱になっている 巨大な 仁王様? が室内を見下ろしている

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仏教の寺 といったら 少しは 侘び寂び とか こじんまりとした風情 を期待するが ・ 全てが 大きい

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時間の関係で寺内を 詳しく見学できなくて 案内の尼僧殿には申し訳なかったが

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立派な周囲の庭園も 見学して 早々に 寺を あとにしました

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それにしても

音楽会を ここでやるなら 三万人規模の演奏会も 出来ますよ

と言っていたが ・・














カラオケ

蔡さんのお友達の余さんの自宅で カラオケをやろうとの お誘い (余は正しくはサンズイヘンが付く)

ボランティアの人や お友達も 一緒に 集ってきた

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立派な余さんの家には 本職顔負けのカラオケセットがある 曲数も 日本の最新曲を含め 豊富

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余さん自身 歌は CDを出すほどの腕前 特に 小節を利かせた日本の演歌が得意

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ここは 当然 私がしゃしゃり出る場面だ と自覚したものの ・ なんか伴奏が異国風だナ ・・?

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それでも カラオケっていうのは ウケれば いいのだ !

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当然 地元勢も歌う みんな本当に歌が好き そして上手い

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しかし 合唱団のお友達の彼の歌は 尋常ではない 声量がすごい

後で判ったが 彼はオペラの主役も張れるバリバリの声楽家 最後の演奏会で再会する


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当然 我が代表 O氏も 張り合って歌う 日-台 対戦は はたして ・・

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地元の幼稚園の先生は Pops調の歌を 振り付きで 演歌よりも こちらの方が ノレる そのうち・・

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皆 一応ピンクレディ世代に引っかかっているし 私も振りは嫌いではないので 一緒に楽しみましたよ

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カラオケをやると あっと言う間に 時間が過ぎていきます

明日も 予定がぎっしり詰っているので

後ろ髪を引かれる思いで

帰途につきました














レストランにて

午前中 曾先生の別荘訪問 病院での慰問演奏 を終えた我々は "牛耳芸術リゾート " という場所へ

ここは 広大な芝生公園 野外舞台 ロッジ レストラン 美術館など を備える 総合リゾートセンター
 

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芸術とレジャーのコラボ が 売りの場所を ひととおり見学 地元の画家作品などがあった

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公園には やや理解に苦しむ石の彫像がたくさん このくらいの おふざけ は許してくれる かナ?

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夕方 レストランで演奏 聴衆は 蔡さんの人脈での 地元の名士達が お手伝いのボランティアも多数

演奏曲目は 病院のに加え 会津磐梯山/八木節 Die HEIMEREISE アンコールに空港 など


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舞台が狭かったけれど 皆の音がよく聞こえたので 弾き易かった 聴衆のノリもいい

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本日二回目の演奏が終わり スケジュールも大過なくこなせて ホッと一息 ビールで食事


しかし しかし これで今日は終わり では なかった ・・











曾中正 氏

曾中正(そ ちゅうせい) 氏は 書画家として 台湾では 人間国宝的な人である

滞在した埔里市に 別荘があることから お招きを受けることになった


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みずから 中国茶を入れて 迎えてくれた なんか作法があるはずだが・ ?

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別荘にも 作品が展示されている 別荘の造り自体も なかなか芸術的で 洒落ている

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作品を描く様子も 丁寧に説明してくれる

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展示の作品は すばらしい

内容は 山花水明画 あり 書に重きを置く 仏教故事関連も 多い

私の別宅は 中国風書画で 統一しているので 本音は 欲しい~・・


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一流の芸術家なのに 気さくな 曾中正 氏 と一緒に 記念撮影

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台湾の 芸術の香り に まず 浸りました









病院にて

台北(桃園空港)に着いた一行は 台湾中部の南東県にある埔里市に移動 翌日は 早速 演奏会

埔里基督教医院 は 台湾の貧しかった時代から ずっと地元で奉仕的活動を 続けてきた


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日本語の達者な 地元の名士 蔡さん が 司会進行してくれる

蔡さんは この後も ずっと付きっ切りで 我々の世話を してくれた


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さて 演奏

この手の慰問演奏は 慣れたものだが 外国での演奏は ほとんど皆 始めてで やや緊張ぎみ


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聞いている 患者さんやスタッフの人たち おそらく マンドリンを見るのも 初めてではなかろうか

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しかし 演奏のポスターなんか マンドリンのスカシを入れたりで これは 

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演奏曲目

昴 夜来香 時の流れに身を任せ アメージンググレース オーソレミオ 旅愁を主題とする変奏曲


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蔡さんが TV取材を受けている 我々は 日本からの親善使節団 らしい その気にならねば !

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本格的に作られた横断幕の前で 記念撮影 この幕は その後ずっと 付きまとう

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翌日の新聞では トップ扱いで掲載されていた しかし 気になったのは・

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その下の記事 日本に遊びに行って帰国した台湾の女性が 新型インフルエンザにかかっていることが判明 台湾初の患者であるという

日本でも患者が数人出た段階で 出国の際などピリピリしていたが 台湾での我々の今後の予定に影響は出ないだろうか ・

気にしてもしようがない 台湾での滑り出しは まあ 順調に スタート












台湾演奏旅行へ出発

これから当分 2009年 5月12日~18日 台湾に遠征し 演奏会 観光など 楽しんできた行状記録を 掲載する

きっかけは Dolce Mandolino を主宰しているO氏が 以前 台湾でのショートステイでお世話になった埔里(Puli)市の人たちに なんとか音楽でお返しをしたい という話から始まった

O氏の周到な準備と 現地の人の思いもかけない歓待もあり 結果として 一生忘れられない感銘を受けた 素晴らしい演奏旅行に なった



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参加したのは 平均年齢 *才超の 老男熟女 13人

演奏技術や ハードスケジュールに耐えられる体力 など 不安は 数々あれど

とにかく 願ってもない 機会

チャレンジ精神で いざ 出発 !













高根の里は雨

晴れの多い高根の里にも 時には雨が降る 昨日刈った草を 干し棚に運んでいて良かった

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こういった日には 普段 行こう行こうと思っていたところに 買物と外食

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そして 帰ったら 家の花壇をながめる 見慣れた草花の中に シュウメイ菊など 新たな花を発見

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秋の花壇には 若々しい華やかさはないけれど しっとりとした成熟の侠があって 気持ちが落ち着く

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もう 一ヶ月もすれば  霜が降りて

植物にとって 静寂の冬が 訪れる











富士と甲斐駒

秋の高気圧が来ると 我が別宅の 山岳ビュー機能が いかんなく発揮される

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あい変わらず 庭の造成 草取り 花木の世話 等で忙しく あまり 山を眺める余裕が ない

なんとなく 赤っぽいので ふと 見上げたら 真っ赤な夕焼けだった

そんなのでも ・・

結構 満足









高根の里 秋

秋の高気圧は 乾いているので 山の眺めが良い 調布を出発すると 大岳山など奥多摩の山々が

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中央高速 大月の岩殿トンネルを抜けた 富士ビュー地点 よし ! 今日は良く見える

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韮崎 の広域農道 八ヶ岳ビュー地点 も Very Happy だね

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秋といえば 実りの秋 ナス キュウリ サツマイモ イモ掘りは次回だが その他は さっそく頂く

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巨大ひまわり も 十分 種を 熟成させた ようだ ♪アーホイヤ~ 伐採の祈り? を捧げ 種を 回収

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来年も また 一面のひまわり畑が できそう

それでも 使い切れそうにも ない

種が 欲しい方 連絡 下さ~い ・ !














今はもう秋

長い間 南アルプス紀行を愛読いただき有難うございました
この記事で 私が 死んでもいい! なんてことを書いたので "はやまるな! 死んで何になる! " などコメント貰ったり いろいろお騒がせして大変申し訳けありませんでした

要は 死んでもいいと思うほど素晴しかった と表現したかっただけでありまして
凡人で楽天家の私が そんなに はやまることはありませんので どうぞ ご安心ください

しかし 死にたくはなくても 山で死ぬことは 数多くあります
トムラウシでの大量遭難 クレヨンしんちゃん作者の遭難など ・
マスコミに載るのは ほんの稀で 実際南アルプスでは 行方不明者の捜索願いの表示が ここそこに見受けられます
もっとも 山が険しいから死ぬ というより 交通事故みたいに不注意にからむことが多い気がします
私自身 湘南の某観光地で ちょっと用を足そうと道の脇に入ったら 危なく崖から転落しそうになった怖い思い出が 頭に焼き付いています・

上から石が落ちてきたり 熊に遭遇したり 雷に打たれたり どうしようもない災難もあります
岩を登っている時 今ここで震度4の地震がきたら 確実に俺は死ぬな と思ったことは何度もあります
しかし 私は 大地震が来ても自分だけは生き残る 死ぬ奴はよほど運が悪いのだ! といつも思っている自惚れ屋なので その辺はあまり深刻に考えたことはありません

死ぬことを身近に考えるのは 今 やってる介護でのこと
91歳の母は 最近 認知症が進行し 意思の疎通もままなりません
汚れたオムツを家中に隠したり 徘徊したり・
本人に早く死んでくれ などいいたくは無い ! そう思われたくも無い ! こんな時

ここは 凡人で楽天家の性格に頼るしかありません
つらくても・ つらくても・ 死にはしないと~ ♪
そうだ! わたしには 音楽もある
今日は 久しぶり 楽器の練習もしたし カラオケも ・


ということで ・・

只今 熊本にて 介護奮闘中 当分 以前の記事が続きます
先週の高根の里が3回 そのあとは・・

Dolce mandolino 台湾演奏旅行の話

お楽しみに ・・





























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