G3は今日も元気

典型的な団塊オジさんの自己満足的日記・・早期退職して悠々自適なのだ・・内容は・音楽雑論、マンドリン、二胡、百名山行、花と菜園、旅あるき、原子力と放射線、別荘暮らし、熊本で介護、猫の石松など・<府中市在住> リンクフリー

植木対策

運転で疲れて ボケーっと 雪見休養 しているが 

よく見ると 樹木たちも 結構 痛めつけられている


特に バカデカの ゴールドクレスト 最近 なんかの ゆるキャラに 似てきた 

トトロ? クマモン? いや!  クリスマスツリー みたいに 目鼻を付けて クレスト君 とするか・

昨日 夜中 雪の重りを 降ろしてやったが 今は 雨水が つらら となって 苦しそう



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さらに 雪で 押しつぶされている ユキヤナギ  

これは 丈夫なので エイヤと 雪払い のみ

防寒用の ビニール囲いは 完全に壊れていたが 留め金具と 画鋲で補修



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しかし 苦労して作った モッコウバラの 棚が 潰れて 傾いている

鉄パイプが グニャリ 手で 起こそうにも ビクともしない


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さて どーする  ちょうど 目の前にある 車で 引っ張ってみるか

車の下の 雪を 除いて 荷作り用ロープを 傾いたパイプに 繋いで・



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おそるおそる 引っ張るも ロープの 角度が 下向き過ぎて うまく 起き上がらない

そこは 不肖 「 工夫の鬼 DIYの神様 」 と呼ばれる 私のこと・ ? (誰も呼ばないか・) 

車で テンションを 与え  手動で 少しずつ 押し上げ  下に 支えを 挿入する方法で ・



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時間は かかったが これが バッチリ! なんとか 元に戻すことに 成功

プロに 頼めば 小型の パワーショベルで 一発 だが ン万円 かかる

私としては 初めて 重機?使用の 作業を 成し遂げて 大満足


パイプの 強度は ないので 今後 本格的な パーゴラを 組む 必要がある

また 今年やる DIY大型作業 が できた



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たかね雪

昨日の雪は 東京でも 大混乱を 招いている ようだ

私も13時間の 運転で 本当に疲れた  今日は休養!

ひなたぼっこしながら 眺める たかねの 雪景色

なかなか いいね~


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さらに苦行

1月14日 今年 初めての たかね 行き  

天気予報では 今日から 関東地方全体が 大雪 とのこと

朝方から チラチラ 降り出したが

昨年 アイスバーンの中を 往復し 苦労した 経験から

明日に なれば もっと 大変になる と予想 

雪でも 降ってる 最中は 何とか行ける と 朝10時に 府中を 出発



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八王子まで 来たら なんと 雪で 中央高速が 通行止め   仕方ない 大垂水峠 越え

しかし 高尾を 過ぎたら とんでもなく 雪が ひどく なってきた

大型トラックは チェーン付けで 停車しているし チェーンのない車は 立往生している

結局 ここを スイスイ 超えれたのは 私の車だけ だった みたい



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ヒヤヒヤ運転だが つい先週 雪道運転を経験したばかりで 美しい景色を 見る 余裕は あったかナ・

しかし 猿橋バス停 あたりで 前が 詰まって バッタリ 動かなくなった

大型車が スリップして 道を 塞いでいる らしい  道が狭くて 救援も 来れない

三時間ぐらい まったく動かない  近くの コンビニは 食糧売り切れ トイレ行列  まるで 震災避難所

その間にも どんどん 雪が 積もってくるので また 動けない車が 出てくる ・



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対向は 除雪ローダーが 出てるので なんとか ノロノロで 動いているようだ

大月で 更に 二時間の 渋滞   笹子トンネルを 過ぎると やっと 普通に 動き出した

そのあとは 順調   結局 たかねに 着いたのは 夜の11時 

所要時間 13時間の 苦行運転



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帰りは これに 懲りて 早々に 出発 

しかし 高速も 通じていたし 滞留もなく 三時間で 帰着

マッタク ! なんだったろうね  あの渋滞は ・・









苦行

台湾の 見知らぬ 山の中で 取り残された 二人 

真っ暗な 中で はたして これから どうなるんでしょうか ・・

その 結末は 割り込み記事 の 後で!   

あの 大変な 経験を スラッと バラすのは もったいない !

最近の TV番組みたいに 肝心な所で CM が入る ことは ないが

こうして 今 ブログを書いてるので あそこで 死んだ わけでも ないし

ブログ作家の 楽しみ として 少ーし 引っ張るくらいは お許し下さい ・・



最近の 大変な 思い出  年末にパソコンがクラッシュした  年賀状も 書いてない  困った

かくなる上は たかねに 置いてる パソコンで 作る しかない  昨日 帰って来たばかりだが また Uターン


夜中 高速を 飛ばす  笹子トンネルは 通行止め なので 大月から 20号線を  雪が 降ってきた

山梨地方は 前日から 雪だった みたいで 道は アイスバーン状態  外の気温は -8℃ くらいかな

つい 30km/h 位で 走ると スリップして 制動距離が 10m くらい

車の轍(わだち)の 山に 乗らないように そして 絶対 止まらないように工夫しながら 深夜の 甲府市内を 進む

たかね の近くへ 来ると 車の轍 もなく 新雪20cm の中を 進む  坂道で 止まったら 二度と 動き出せない


それにしても 車高の高い クロカンタイプ にしてて よかった 

フルタイム四駆 や アンチロックブレーキ も 十分 機能したし


夜中なんで 車は あまり いなかったこと  愛車の 雪上走行能力が 高かったこと  慎重に 運転したこと

幸運が 重なって なんとか 夜中3時に お- 疲れ で たかね 到着 ・・




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どうする?

九族文化村で 突然 蔡さんが 急病で いなくなり 取り残されてしまった 二人

戻ってくるのを 信じて せっかくだから 九族の文化を 展示する エリアを 見学するか ・・



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九族とは 台湾原住民族 の 総称  

主な 民族は  アミ族 パイワン族 タイヤル族 ブヌン族 ルカイ族 プユマ族 ツオウ族 など

首狩りを 風習とした 部族も 多く 祭りでも それらしい 踊りが 見られる



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タイヤル族は あの 霧社事件を 起こした モーナルーダオ の出身族 特に 展示に 力を入れている

霧社事件に 精通した 私としては ・

政治的思惑が 感じられず 歴史的 文化的 事実を 淡々と 述べているのに 好感が 持てた



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閉館時間が 迫ってきたが 蔡さん まだ 帰ってこない 

もし 意識不明でも なって 帰って来なかったら どうなる

全荷物は 蔡さんの 車の中だし タクシーを 呼んだにしても 今日 泊まる場所も 聞いてない

下手に この場所を 動くと 戻ってきても 全く会えない 可能性もある



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出口ゲート では お見送りの 踊りが 始まった

危機管理の 常套としての コンテンジェンシー  もし このまま 蔡さんが 来なかったら ・・

  ここは 敷地内だから もうすぐ 外に 追っぽりだされる ・

  タクシーが 拾えればいいが 山の中だし 厳しい ・

  朝まで ここに 立っている しか ないかな ・・



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ここの 場所は 日月潭から さらに 一山 超えた 山 また 山 の 山 の 中

日が落ちると 急に寒くなってくる  上っ張りは 車の中  寒い ー !

従業員の人たちが 三々五々 バスで 帰り始める

そして ・



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九族文化村

ここは 台湾の 原住民族を テーマに

民族博物館や 庭園遊園地 イベント場 などを 集めた 総合アミューズメントパーク



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何回 来ても この 英国庭園は 美しい 

広すぎて 歩く気には ならないが 雰囲気を 壊す 遊覧列車は 無いほうがよいね



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お決まりの 見学コース通り まず ゴンドラで 山の上の方に 移動する

雨風が 強くなってきたので 揺れて 怖い 

眺めも ないし なんだか 気持ち悪く なってきた



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ゴンドラを 降りて 深呼吸したら 私は 少し ほっとした 気分

しかし 蔡さんの 様子が おかしい   腹痛がして フラフラする という

そのうち 嘔吐したり 倒れこんだり   とうとう 救急車を 呼ぶ 羽目に ・



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やってきた 救急隊員が また 蔡さんの 教え子  ということで

「 おや 先生! いったい どーしたんですかー 」

本来なら 今は 緊迫した 場面だが なんとなく 和んだ 雰囲気 

こちらとしても 気が 動転しなくて よかったー



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蔡さんは   「 すぐ戻ってくるから 」 と

割と 元気な感じで 去って行ったので ありました


しょうがない 九族の ショーを 見てて 待つか ・・









玄装寺

ここは 唐代の 高僧 玄装大師(げんじょうだいし) が 祀られている 仏教の お寺さん

玄装大師 とは あの 西遊記 で有名な 三蔵法師(さんぞうほうし) のこと である

三蔵法師 の遺骨は 戦争中 埼玉県の 慈恩寺より ここへ 移された とある



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玄装寺(げんじょうじ) のある場所は さっき訪れた 文武廟 に対して ちょうど 日月潭の 反対側

こちら側は 山が 迫り 周回道も 高巻き となるので 湖の 眺め が よい

湖 だけでなく その向こうの 山々の 眺めも すばらしい

雲の形は  南の国の・・ 冬の・・ 山間部の・・ 雨上がりの・・

初めて 見る 何ともいえない 風情ある 景色



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湖畔の径

日月潭は もちろん観光地で 名所旧蹟などは 多いが

周りには 青少年キャンプセンターなど 健全な 施設も 数多くある

そのひとつ 遊歩道 

船着場以外 なかなか 水辺には 近づけないが

ここでは 森の中を 通って 水辺沿いを 木道が 走っている

森林浴が 心地よい



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日月潭は ダム湖 であるので 当然 発電している

発電の 水量確保 のため 隣の 川から 延々 トンネルを 経由して 水を 通している

給水口からは 湖が まるで うめき声を 上げているように 音が 響き渡る



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遊歩道の 折り返し点は 集集大山 の 眺めが 良いところ

今日は 雲が 多いものの まあ 見えないことも 無い

でも 絶え間なく 吹き上がる水柱 といい 周りの 鬱蒼とした ジャングル といい

観光客の いない 日月潭は また 別世界



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孔雀園

雨は 降っているし 体調も すぐれないし 早く ホテルに 帰って 寝たい気分 だが

え? やはり ここに 行くの ?   

(アンタも 決めたことは 絶対やらねば・ と強情な 爺さん じゃねー)

こんな 天気じゃ 孔雀なんて 外には いない でしょ ・



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そうは いっても 私たち のために 一生懸命 案内して くれている  

ここで ふてくされていては 蔡さんに 失礼千万

ここでの 一番 いい行動は ・  我々が 楽しむこと !

「 どうだ 孔雀どもー ! お前らの 羽根よりも 俺たちの方が 綺麗だろう ・ 」

さすが ここの鳥は エンターティナー   結構 カラんで くる ネ ・・



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うすら寒くて 小腹も すいたので 孔雀園前の 屋台で 何か食べよう と ・

蔡さん 有名人なので 屋台の ご主人 嬉しがって 大サービス

焼き芋は なつかしい 日本の味  焼きナントカ や 南瓜の煮物? も まあ イケる

しかし この食べたものが いずれ 蔡さんに 人生最大の 災いを もたらす とは ・

はたして 誰が 分かって いただろーか ・・



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文武廟

台湾随一の 観光地 といえば 日月潭  

その中核を 占めるのが 文武廟

今回も また やって来ましたー   

♪ はーるばる 来たぜ 文武廟~・・ 



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今日は 12月6日だが 朝から 暖かい 土砂降りの 雨  

何度も来た所 だから 雨の日でも ま いいか ・

来るたびに 新たな 彫像や 壁絵など 立派に なって きているね



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いつも 参っている 馬祖さま と 今回は違うので 念入りに お願いして おこう

文の 孔子さま 孟子さま 今後とも 頭の回転が 鈍らず いつまでも ブログが 書き続けられますように

武の 関羽さま 関基さま いつまでも 足腰が丈夫で 山登りや 世界中の旅が でき続けますように



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文武廟で 一番の お気に入り 

北朝式の 力強い シンプルな 屋根は 日月潭に 映えて 絵にも 描けない 美しさ

何回 来ても 必ず ここで 写真を 撮ります



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さて 蔡さんとの 精力的な 旅も 六日目 

その前に 胃腸を 壊して 寝込んだ ことも あって

気を 張って 過ごしていた つもりだったが

階段を 元気に 下りた所で 突然 どっと 疲労感が 襲って来た

アレ? 大丈夫かなー ?  ま 何とか 大丈夫そうだ ・・



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キノコ工場

私の旅は 物見遊山だけを 望んでいる ものではない ということは 蔡さんも よく 心得ている

一般の 観光客が なかなか 行かない所も 案内してくれる

こちらとしても 修学旅行的 場所は 大好き  旅は 勉強なのだ !


ここは 見てのとおり キノコ工場  

現場は 生温かくて 湿っている

様々な 胞子が 漂っている  

なんだか 全身に とりつかれそう・



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売店は 今に限らず いつも 暇そう

おいしそうな 椎茸みたいのから おどろおどろしい ナントカ茸(タケ) まで

とにかく いろんな病気に ご利益が あるそう

台湾の人々は 元気で 企業精神に 溢れているナー と 感じます



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哺里の人々

名所旧跡を 訪ねたり 

風光明媚な 景色を 眺めたり  そして

温泉や 鄙びた 裏通りを 散策したり ・  

旅って 本当に いいもんですね ー    でも

いつまでも 忘れない 心の糧に なるのは ・  

旅での 人との 出会い



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どうしても 会いたかった 陳先生  蔡さんと やや 険悪になるほど 強引に アポなし訪問を 敢行

あまり 表情を出さない 先生が 涙を流さん ばかりに 歓待してくれて 本当に 来てよかった

東日本大震災に 個人で 30万NT$ も 寄付して くれた人に 日本人として お礼を 言わないで おかれようか・!

一緒に 「 ふるさと 」 を 歌ったら こちらの方が 涙声 

早々に お別れしよう と思ったら  よし! 今から 診てやる  と 老化防止の 手管を 細かく 指南

一秒でも 長く 話していたい 気持ちが 感じられて 当方 ますます 涙が 止まらない
 


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カラオケ仲間には 言葉は 要らない 

ここは 余興の場 ではなく 歌の 技術を 磨く 鍛錬場

歌いたくない人に 強要は しないが 歌うからには それなりの ウタを 披露せねば ならぬ

歌うからには 大事に歌いたい と思っている 私に とっては   望むところ! やってやろージャン!

今回 私の持ち弾(タマ)は・ つぐない みちのく一人旅 桑港のチャイナタウン 北へ 月売代表我的心

一曲 歌うごとに ウ~ム・ と言って お互い 顔を 見合わせる

たまに 言うのは    ○○さん! 去年よりも うまくなりましたねー



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一生懸命 歌うと かなり お腹が 空く  そのまま 食事に 流れる のが ベストマッチ

今日の場 女性軍は 飲まない 蔡さんと 徐さんは 医者から 禁じられている 

私は 台湾に来てから ずっと 胃腸の 調子が 悪い 

酒の量は 六人で ビール一本 だが さっき カラオケで 話が 少なかった分 ここでの 話が 弾む


盛り上がったら 当然 二次会へ ということに  お店? いや カラオケ仲間 のところ

夜中 突然 見ず知らずの 他人が 押しかけたのに  奥さま 快く 迎えて くれました

ここは 手作り布バック制作の お店 みたい  なかなか 面白い

アレ いつの間にか 奥さんも ノリノリ  仕事は 旦那さんが 代わりに 夜なべ作業 ですか



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哺里観光

台湾に 哺里 (プーリー) という町 が あることを 知っている人には 

今日の記事は  特に 説明は 要らない と思います

私は ここに ついては 台湾の人 よりも 詳しい   

取り立てて 観光に 訪れることは ないが ・ 

ま 今回は 旧婚旅行 だから しょうがないか ・・



木生昆虫博物館


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ペーパードーム (紙教堂)

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哺里酒蔽

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中台禅寺

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鯉里池

台湾の 哺里市を 移動しているが なんだか 見たような 家 

そう ! 7年前に Dolce メンバーと 一緒に来て 泊まった 七里山糖

今日は ここは 通り過ぎるだけ  お婆ちゃんは 元気で いるだろうか

その隣が 山全体 すべて 蔡さんの 別荘敷地 

私は 訪問 3回目  なつかしい 犬と ノーゼンカツラ に 再会



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近くの池 を 散策する

ここは 何度来ても 清々しくて 好きだ

以前に 比べて いろいろ 整備されて きた ようだ



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彰化大仏

台湾中西部の 彰化 (しょうか) は 昔から 農業の集散地 として 栄えた町

ここの 名物は なんといっても 八掛山 (はっけさん) の 大仏

彰化市街が 見渡せる 小高い 山の上に  高さ22m の 露座の大仏 が 鎮座している

鎌倉の大仏 みたいに 中は 多層構造 に なっており 展望も できるようだ

観光地として 地元では 力を入れている ようだが

我々 日本人にとっては ま こんなものか  

・ という 感じ



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ガラス工房

台湾中西部の 港町 鹿港(ろっこう)は 歴史的に 文化や 技術の 窓口だった

馬祖神を 奉る 天后宮は 台湾の 総本山だし さまざまな 伝統工芸も 受け継いでいる

鹿港の郊外 工業団地の 広大な敷地に ガラス製品の 一大モール がある

入り口に そびえる 巨大モニュメントは 当然 ガラス製



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展示館を 兼用している らしいが

屋根や 梁など 精巧に (ほとんど)ガラスで 作られた 天后宮 が あった

話題作り としては 大成功 

でも 地震があったら ちょっと 怖いねー



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ご本尊を 守護するのは 千里先の 物が見え 音が聞こえる 赤鬼 青鬼

その先の ガラスの部屋に 鎮座ましますのは 馬祖さま

深窓の令嬢 みたいで ご本尊の 顔は よく 分からない

外にいる 親衛隊や 従事の 表情は よーく 分かる



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ガラス天后宮の 隣の 広~い 本館へ   団体観光客で すごい 人 人

館内は 生演奏の バックミュージック  そして ガラス工芸の 実演

流れ作業で 大量生産した と思われる 安い お土産に 人気集中



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工芸品 ばかりでなく お皿 額 などの 実用品も あって 見てて 飽きない

ガラスボディの マンドリンが あれば 買おう と思っていたが ・

ピンキリの なかから  ピンの作品の 一部を  じっくり ご覧ください



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除染

今年初めての 原子力と放射線の 話


最近の 新聞から ・


 福島では 手抜き除染が 行われている

 環境大臣も その扱いに 困っている

 せっかく 除染したのに また放射線レベルが 高くなった



福島再生は 除染して 一刻も早く 住民が地元に戻り 以前の生活を 始めることだ

選挙の結果に かかわらず すべての 政治家の 方針は これだった


このブログで ずっと言ってきたが あらためて 結論から 先に 言う


いま やってる 除染は 金の無駄 すべて 止めなさい !

合理的な 放射線被曝の 基準 法令を 早急に 決めなさい !

住民の不安を 除くため 放射線について 正しい教育宣伝を 実施しなさい !



地元民や 遠くに 避難している人から 見れば  何を けしからん事を !  と 思われそうだが

ここでは そういった人 のためにも 除染に関わる 建設的な意見を 今から 言おう と思う



そもそも 今の 除染は どうやっているか


 屋根や 側溝を 水で 洗い流す  

 地表を 削って 別の場所に 移す

 草刈りや 木の枝を 伐採する



 除染作業の 前後で 空間放射線レベルを 測定する

 発生した 廃棄物は とりあえず 付近に 一時保管する




問題 その1  どの位の レベルまで 除染するのか はっきり 決まってない


法令では 放射線障害防止法 により 原子力施設の 放射性物質の 放出管理が 行われており

核種ごとの 排気 排水 周辺エリアの 放射性物質濃度が 規制値として 決められている

この値は 技術的に 低くすることが できるので 規制値を オーバーしたときの 影響など 勘案せず

極力 低い値に なっている

例えば 放出物質による 周辺放射線レベルの 上昇は セシウム換算で 年間 1mSv以下 とする

日本各地の 自然放射線レベルが 2 ~ 3 mSv/y だから 産業活動が 環境に 影響を 与えない (と考えた?)


不幸だったのは 原発事故の 際 放射能汚染がない ! と言うのは どのくらいの レベルか? と 問われたとき

苦し紛れに 1mSv/y が目標レベルです と 政府の 誰かが 答えたこと

もちろん 法令基準が そこしか ないので・ 

それと 政府の 責任回避のためには できるだけ 低いほうが よいので・

官僚としては そう言うしか なかった だろうが  問題は それが 一人歩き してしまったこと


一生懸命 除染して 1mSv/y 以下に 空間線量率が 下がったと しても 

もともと 普段が 数mSv/y あるんだから 雨風などで 元に戻るのは 当然 

また 除染で 原発フォールアウトのみを 取り除いている わけでは ないので

はっきり言って 何をやってるか わからない 不毛の状態 !!

除染やってる人は ま 仕事があって 働けるのは イイけど 正直 川に 捨てたくなるねー



問題その2   廃棄物が どんどん 溜まる


原発事故で 放出された 放射性物質 のうち 

ヨウ素(I129 I131) クリプトン(Kr85) などの 気体物質は すでに大気で薄まって 身近から 離れてしまった

これは どうしようもない  

液体状の 物質は 一部 事故後の炉に 溜まっているが いずれ 基準以下に 薄めて 海洋放出 すれば

あまり 問題には ならない と思う

問題になるのは セシウムセトロンチウム など 半減期の長い 核種が エアゾルとして 降下し

地表や 植物表面に 溜まったもの


これに対し 水で洗ったり 土を剥ぎ取ったり 草木を伐採したり して 除染努力を しているが

先にも 述べたように 自然放射能の中では まったく 効果が 確認できない のは 当然 !

作業に 伴う 廃棄物が 増えるばかり である


そもそも 地面の放射能は 原発のばかり 含まれている のでは ない 

原発事故に 対して 正しく 基準に 沿って 1mSv/y 以下 に 除染する には 

セシウム ストロンチウムなど 原発から放出された核種のみを 取り除き その影響を 評価しなければ ならない 

これは 食品中の 放射能レベルを 図るのと 同じ作業(核種分析)を しなければならず 到底 無理


復興資金を 注ぎ込んで 強引に 実施したとしても はたして それが 本当に 事故原発のものか ・・

1950年代の ビキニ島や 中国の 核実験の 影響で 日本の国土には

山ほど セシウム ストロンチウムが 降り積もっている

1945年8月には 広島 長崎で 大量の セシウム ストロンチウム汚染が 発生した

また 医療用や 産業用の 放射性廃棄物は 規制以前には ゴミ捨て場や 埋め立て地に 捨てられていた


これまで 除染した という話は 聞かないので 

こういった汚染は 雨風で流れて 少なくとも 大部分は 人間の世界から 離れていった と思われる

一部は 地層の下に もぐり また 一部は 川砂 で濾過され 堆積した

いわゆる ホットスポット と呼ばれる 放射能が 蓄積している地域は 全国どこでも 存在する


今 やってる 除染作業は

せっかく 雨風で 人間界から 遠ざかろうとする 放射能 を無理やり 集め

袋に 入れて 人間界の 近くに 留めている 

すなはち 金と労力を 使って ホットスポットを 一生懸命 作っている ようなものだ



さて 問題点を 力説していたら では どうする と言う 時間が 無くなった

そういうことも あろうか と 最初に 結論だけは 言っておいた

ただ その結論に至る 道筋を 説明しないと いけないので  

続きは また 次の機会に ・・























散歩

新宿の ビル街を ヤボ用の ついでに 歩いている  

いつも 来る所だが あまり じっくり 周りを 見てなかった

特に 上の方  今日は 上を向いて歩こう



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そういえば この モード学園 が 入ってる ビル 

以前は 朝日生命ビル が あった 所  

ここの ホールで 演奏会も やったな ・



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近くで 見ると なんとも 個性的

新宿 というより 東京を 代表する ビル として

もう少し 脚光を 浴びても いいんでは ないかい



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続いての 場所は 神田の 裏道

ビルの 隙間に あるのは 老舗の 蕎麦屋さん

古い店舗 は ・   覗いてみたくなる 食べてみたくなる

みんな 素敵に 見える



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歩き疲れて 再び 新宿

正月も 明けたのに

街は クリスマスの イルミネーション 気分



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弾き初め

台湾旅行は ちょっと一休み 今年の 記事を

松の内も 明けないのに お座敷  柏駅前の ホテルにて 

無理に頼まれなかったのに 出演したのは

今年の リュート上達目標は レベルとしては 定めず とにかく沢山弾く と決めたから



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今年の もうひとつの目標 " 姿勢を正して弾く! "   残念ながら その余裕は 無かった

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お客さんの方が しゃんとした 姿勢で 一生懸命 聞いてくれました

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吹き矢の会 の 集まり だそうで 上手く弾けなかったら 後ろの 風船めがけて 吹き矢が 飛んでくるかも

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八木節で 桶をたたく場面  途中まで弾いてた ピックが どっかに 飛んじゃったよー

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こうして見ると 私以外は 皆 余裕でんな ・

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お客さんも もう少し リラックスして 歌も 大きな声で 歌ってくれたら  こちらも 気楽だったのに

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でも 名司会のおかげで なんとか 格好がつきました

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無事終了の あとは ティータイム   さて 頼もしいメンバーは 今年も 演奏会に向け 始動 ー

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廬山温泉で

なんだか 四万温泉にでも 来たような 風景 だが

ここは 台湾の 真ん中 標高1300m の 廬山温泉

昭和六年に この地で 温泉を 開発した との 石碑

日本統治時代 官舎として 使用していた 日本 家屋

温泉って ホントに いいもんですね ー



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泊まったのは 中級だが 規模の大きい ホテル

地元の 観光客のため 温泉プールが 充実している

ここでは 当然 水着 着用 !



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当然 一流ホテルなら 日本人向け 裸湯? がある

昔の 温泉場を そのまま 残した ようだが

ちょっと イマイチ・ 清潔感にも 欠けるし

ま 日本並みは 期待しては いなかったが いちおー

炭酸泉の 本物の温泉には 間違い は 無いようだ



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やはり 温泉情緒 というのは 

温泉の泉質 ホテルの部屋 食事 温泉街 ・ 

すべての 組み合わせ

風呂に 浸かって リラックスする 習慣の ない人に 要求するのは 無理か

温泉の利用 については ぜひ 日本が 文化的指導に 介入して 欲しいね



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これまでに 優れた 日本色の 文化は 台湾の人々に 愛されている

  カラオケ アニメ カレーライス 宅急便 コンビニ ・・

実は 

日本が ここ台湾で 侵略を 進めたい文化は 温泉の 他にも まだ ある

  ウオッシュレット とんこつラーメン そして Mandolin音楽 













廬山温泉は

台湾で 私が これまで 訪れた 温泉 と いえば

新北投温泉 陽明山温泉 四重渓温泉 知本温泉 紅葉温泉 礁渓温泉 関子嶺温泉 ・・

台湾に 行く前から 蔡さんに 霧社の近くの 廬山(ろざん)温泉 には ぜひ 行きたい! と 言っていた

念願 叶って やっと 廬山温泉 に やってきた



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霧社から 山の中を 車で クネクネと 30分  

廬山温泉 の標識が 出た と思ったら 突然 道が 行き止まり

車は ここにおいて 荷物は ホテルの 車が 運んでくれる ようだ



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我々 温泉客は ここから つり橋を 渡って 歩く

しかし この付近の 景色 日本の温泉街 そのもので いいね ~

台湾の 観光パンフレット で 見たような ・



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つり橋から 眺めると アリャ! 川の水が 溢れた 被害が 生々しい 

毎年のことだが 夏の 台風の 大雨で こうなる とのこと

それにしても 建屋が 川に 近すぎや しないかい ?



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つり橋を 渡ると 温泉街 独特の みやげ物 通り

台湾の観光は まだまだ 休日集中型

平日なので 人通りは 少ない

温泉情緒に 浸りながら

さて ・ ぶらり ・



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清境農場

台湾の ほぼ 真ん中

霧社地区の 山の上 地形を 生かした 広い 観光牧場が ある

家族で 休日を 過ごすのに ぴったり  

山道を 歩けない人は ちょっと 大変 だが

羊が 放牧され イベント広場では 乗馬体験や 動物ショーが

私に とっては 台湾の 背骨(せぼね)の 山々が 望まれて 

嬉しい ~



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Old England

今日の お昼は Old England という ホテル で

ここを 訪れるのは 私は もう 3度目

とことん イギリスを 取り入れている ということだが

今回は この施設を 細々(こまごま) 批評する ことは 止めて

地元の 議員さんの ご招待でも あることだし

素直に 喜んで 

ゴージャスな

食事と 景色を

楽しみましょう ・




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仁愛郷

仁愛郷は 哺里市から 西へ 山の上を 上がった所  

ここを 越えると 東海岸の 花連まで 台湾を 横断して 道は 続く

盆地気候で 霧が 多く 湿度が 高い  

今日の昼間 14℃は 一年で 一番寒い 温度 だそうだ 

今日は 12月3日だが 日付は 10月20日と なっている 

これは 農暦 だそう この付近 お茶の栽培が 盛ん
  


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八百屋さんを 訪れる  

お店のイチオシは 柿  頂くと 確かに うまい  

柿の木の 苗を 本場から 移入したらしい

リンゴの 苗木だったら 日本から 移入したら どうかね・  

ネギや 白菜 春菊など 葉もの も 豊富  

ここの 特産は ウドみたいな 野菜  

栄養があって 薬にもなって 精力もつく という



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仁愛郷の 霧社地区から 廬山方面に 向かう  

大きな ダム湖は 碧湖  哺里の 洪水防止に 役立っている

道は ほとんど トンネルが なく 地形に 沿って クネクネと 山間を 進む

霧が 出て 真っ白に なった と思ったら さっと 晴れたり ・



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霧社と 廬山地区は 蒋介石が 南京から台湾に 逃亡した時 大陸で戦っていた 兵士を 移住させたところ

また 1930年ころは あの霧社事件が 起きた ところ  

霧社事件については 2011年3月10日 (そう! 東日本大地震の前の日) 私が ここを 訪れたとき

詳しく 調べている   < 詳細は 小生の ブログ 2011/10/15 ~ 18 日付けの 記事 参照 >

山間の 蕃社や 紀念碑を 見るたび そして 霧社事件の 跡地を 訪れるたび

歴史の 狭間で 揺れ動いてきた人 のことが 思いやられる

ここには 実際 その歴史を 体験した人や その子孫が 住んでいる



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お茶

台湾では 行く先々で お茶を 振舞われた  

それも 正式な 手順を 踏んで 煎れてくれる 高級な お茶を



まず 訪れたのは 哺里から 日月潭に 行く途中の お茶問屋さん? みたいな所

以前 蔡さんが 日本の私の家に 遊びに来た時 お土産として 持ってきてくれたので 見たような 銘柄

体格のいい 美人の ホステスが 丁寧に 煎れてくれる  

そして 飲みながら お茶 談義 

結構な お手前で・ など とは 言わない  言うのは ここの お茶が 一番 うまい !

この辺 茶葉が 獲れる 標高に よって 味が 微妙に 違うそうだ

緑茶や ウーロン茶、ジャズミン茶とは 明らかに 違うが 標高の差までは ちょと 分からネーな

しかし 台湾で 高級茶と 呼ぶのは こういう味か というのは 分かってきた



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次に 訪れたのは 車で ずっと 上がって 霧社に近い 山の上の店 ここは 高山茶を 集散し 販売している

事業家タイプの ご主人 自ら お茶を 煎れてくれる VIP対応なのも 蔡さんや 地元議員が 一緒のため?

どこそこの コンテストで 一等賞を取った という 自慢の高山茶 たしかに 少し 上品な味

ご馳走になる身 としては ハオフー ハオフーと 言って 何杯も お代わりするのが 最良の態度

ご主人 嬉しがって 最高級の お茶を プレゼントして くれました 

木工品の 飾り物や 生花など ゴージャスな店は 気分も 豊かに なります



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哺里郊外

新しいパソコンに まだ 慣れていないけれど

とにかく 通常の 絵入り記事が できるように なった



2012年12月2日  ここは 台湾の 真ん中あたり 南投県 哺里市の 郊外

泊まったところは まったく 台湾風では ない  八ヶ岳の ペンション風  

若い お兄さんが 一人で やりくりしている ようだ



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哺里は もう何度も 来ているが まだ 訪れていない ところ  台湾地理中心碑と 裏の 虎頭山

台湾中心碑は 文字通り ここが ほぼ 台湾の 真ん中の 位置  昔は 神社が あった所 みたい

虎頭山に 登ったら まだ 朝霧が 晴れてない  しばらくして 哺里市街が 眺められる ようになった



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ちょっとした 公園には 移動式の カラオケ舞台が・  朝から ホントに みんな 好きだねー

私の好みに 合わせて くれたのか  観音瀑布 という滝を 案内してくれた

国道から ちょっと入った ところ  一番下の 滝は 見事  上の方は 西沢渓谷 のよう 

上流の方 歩きたかったが やはり 一人じゃないとね ・



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近頃の歌は

" 最近の 若者の歌には 付いていけない 

 あれが 本当に 歌か 

 昔の歌は よかった・・ "


私は こういったことは 言いたくない 

そう感じた ということは それだけ 年とった ということ !

音楽は チャレンジ である  いろんな 音楽が 時代時代に 出てくる 

異質の 音楽が 受け入れられなくなったら もう 音楽を評論する 資格はない

どんな歌でも それなりの感性で 表現したいもの 訴えたいもの が あるはずだ

高尚なものから 魑魅魍魎なものまで いろんな音楽が 噴出してくる のは あるべき姿

要は それに 共感するか それはそれとして 傍観するか だけで 

自分の基準で 非難したり 嘆くことは 天に向かって唾を吐く ということだ



まー そうは 言ったって 

最近 流行り歌に 名曲とは いかないまでも イイ歌 が 見当たらないねー

紅白の歌にしたって いいなー と思ったら 何十年前の歌 だし AKB の歌 なんて 絶対 ついていけない

AKBだって その歌が 発信したいことを ストレートに 言っている のは よーくわかる 

 ♪ 会いたかった 会いたかった イェィ!・  ♪ キッスは ななめ上 からね! ・  なんて・



アイドルに イイ歌を 期待するのは 無理か  では 歌唱力で勝負する スローバラードの歌は?

これも イイ歌と思ったのは 中島美加?の 雪の華 ぐらいが 最後かな 

最近のは 歌唱力を 強調するあまり メロディが クネクネと さまよってる 感じ

特に 浜崎あゆクン!  同じような くだらない曲を いつまでも歌ってると 飽きられますよ



やはり 心に残るイイ歌 というのは メロディラインが 勝負 

そのためには 曲を作る人は コード進行を 頭に 置くべき

最近の 打ち込み式作曲 では 同じコード進行を 安易に 繰り返す 風潮がある

ゲームバック風の テクノポップスで BGM としては 心地よいが そのまま 頭の中を 通り過ぎていく

テクノ風でも ちゃんと コード進行を 考えていれば 心に響く曲 になる  代表的なのが 山下クンの これ

  ♪ きっと きみは(C) こない(E7)  ひとりぼっちの(Am) クリスマスイブ(Em) ・・

ベース音が ド シ ラ と 下がっていって 心が沈んでいく 気持ちに ピッタシ


ギターを 弾く人の作る曲は たぶんコードから 始めるので 私と 合う曲が 多い

  さだまさし アリス 松山千春 古賀政男 鮒村徹 弦哲也 ・・

加山雄三なんて C Em Dm G7 の コード繰り返しだけで 君といつまでも を 作ったし

同じような 繰り返し(回転)コードで これまで 幾多の名曲が 生まれている

  この広い野原いっぱい 風 なだそうそう メリージェーン ・・ 

コード進行で いえば クラッシクや ポップスにも 名曲が いっぱい

  カノン G線上のアリア イエスタデイ マイウェイ ホテルカリフォルニア ・・

私は ホテルカリフォルニア の 前奏を 聞いてるだけで なぜか 涙が 出てくる

  Am E7 G D F C Dm E7   Am E7 G D9 F C Dm E7 ××

最後に トントンと 肩を叩かれて  オイ! 泣くなよ・・



もちろん ギターに あまり 縁のない 作曲家でも いい曲は 多い

一声 聞いただけで あ! あの人の曲だ とわかる 自分の世界を持ってる 作曲家は いいね

  中島みゆき ユーミン 槙原伸之 桑田啓介 大瀧詠一  ・・

ただ これまで 名曲を量産してきた ベテラン作曲家の人にも 今後 頑張って もらいたいね

  中村泰士 橋本淳 筒美京平 鈴木邦彦 都倉俊一 川口真 ・・



作曲の 立場から 音楽を 眺めたが 当然 社会情勢の 移り変わりや 技術の進歩 などにより

作詞 編曲 楽器構成 音源採用 なども どんどん 進化していくだろう

私が ここで 思い悩まなくても  たぶん

これから いい曲は たくさん 出てくる ・・

 















紅白寸評

普段から 自称ミュージシャン として カッコつけている からには

毎年 高齢いや! 恒例の NHK紅白 について 評論しなければ ならぬ



いつもながら 思うのは エンターティンメント技術の 総力を 結集し 金に 糸目をつけない このイベントは さすが NHK 

本当に よくやるなー と思う  あの 15000円入場料の 辻井クンを 幕間のピアノ伴奏に 使うんだから・

もちろん 紅白なんて・ と バカにする輩(ヤカラ)も 多いが それは 見るべき所を 見ていないだけ

我々ミュージシャンにとって あるいは 舞台芸術家や ファッション関係者 また 社会学者にとっても

大変参考になる 勉強の場



昨年のテーマは ウタの力 しかし その割には あまり 力のある歌が なかったような 気がする

ま 昨年 大ヒット曲も なかったし 受けた歌手といえば AKB と その仲間ぐらい しか いなかったし・

もちろん AKBも SKBも ナントカも みんな 歌も 踊りも 上手い 

某男性グループよ! 少しは 見習いなさい!



AKBの 楽しみ方は 勝手に お気に入りを 作って 追っかけること

私の場合 ずっと前から (柏木)ユキクン と (板野)トモクン  二人とも あと一歩で センターが 取れない

ユキチャンは スタイルはいいけど ちょっと引っ込み思案 の雰囲気 

トモチャンは 逆に スキのない てゆーか スキの なさすぎる 近寄りがたい プロの顔

ま 社長としては 合わないが その周りの 重鎮としては ピッタシの 人も いるので

これからも TV画面から はみ出さない 範囲で がんばってね~・・ 応援してるから・



それにしても 最近の 若い娘は 皆 脚が 細いので ミニスカートでも 映えるね・

昔の スクールメイツだったら どうしても 太モモクローバー? にしか ならないけど・ 

その格好で 飛んだり 跳ねたり してくれると  モー オジさんの目 マーク



今回は 歌Onlyよりも 踊りや 舞台演出で 見せれば いいかな・ と 受け取れたね

それは それでよかったと 私は 思う 

全体的には ボロも出ず なかなか ソツがない 舞台運営



この所 だんだん傾向を 強めてきた CG とのコラボ  照明と 一体になって 様になってきた

一番ピッタシだったのは ディズニーメドレー  アニメと CG は 相性が よいね

CG 雰囲気の 先輩 パフュームは さすがの 出来  しかし 嵐の CG コラボは 消化不足の感

期待していた きゃりーぱみゅぱみゅ は ふつーに 頑張った けど

他が 一生懸命 派手に やったので ちょっと 目立ち不足 だった かな



CG は 創生期の 幾何学的模様が 乱舞する演出は やや 飽きてきた 

天城越え や 花は咲く みたいに イラストや 写真を 使用したほうが いいね

以前 三味線の 10人の伴奏を CG で 100人に増幅させて 私は 拍手喝采 したが

今回 いろんな場面で 使われていた  大量の バックダンサー使用は NHK の 得意技だが

少しは 人件費を 節約する気に なってきたのかな?  背景や 大道具も 節約できるし・

でも 中身の アイデアは オリジナル であって 欲しいね  

CG では なかったが 小林幸子の パクリは いただけない



CG の 反対側の 客席側を 演出に 参加させたのは 新鮮な アイデアで よかったね

ゴールデンボンバーの お面は 傑作!  ペンライトの 操作も 演技指導が あったみたい

クラシックでは アンコール要求 歌舞伎では ○○屋!の掛け声 野外コンサートでは 総立ちなど

客も イベント盛り上げには 重要な要素  客も 大変だけど イベントに 行くなら そのくらいの 気概で!

我々 Mandolin の演奏会でも もう少し お客さんを 含めて 一緒に 楽しんで 欲しいね



紅白名物の 紙吹雪は いつもは 掃除が大変なのか 最後に近い歌 の時に やっていたが

今回 中盤でも かなり 多用していた 幕間に あわてて 回収する姿が 目に浮かぶが・・

以前から 私が言ってる案を ぜひ 実行して もらいたい

北島三郎クン ! 

引退のときには ぜひ スノーマシンで 本物の雪を かぶりながら 「風雪流れ旅」 を 歌ってくれー



衣装でいえば 女性陣の 和服が よかったねー  

最近は 成人式の ぎこちない和服しか 見ないので 久しぶりの 大人の ファッションショー みたいで  

もちろん 梅ちゃんの ドレス姿も さすが 女優



私が 一番 印象に残ったのは 美和明宏の ヨイトマケの歌 かな  

歳を 感じさせない プロの技  拍手 !!

プロ根性 と言えば 朝5時に 歌った 由紀さおり や 砂漠の 熱射の中で 歌った MISHA も エライ!

あと エロ可愛いから 大人の色気になった 幸田未ヲ  歌の上手さで トリにふさわしい いきものがかり

聞いてて 心地よいのは やや クラッシクスタイルの  斉藤義和 プリプリ 永チャン あたり

私の時代の オーソドックスな 演奏形態  

NHK も あっと驚く 演出ばかり でなく  お年寄り にも 癒しを !



とにかく 新しい試み も 多く

これからも エンターテインメントの 発展に 大いに 期待できる 内容で

大満足でした















嫌日家

台湾には 親日家が多い と書いたが 同じ近隣の 韓国は どうだろう

私は 1975年 リュックを背負って 一人 韓国を 旅(放浪) したことがある

当時は 軍事独裁政権で戒厳令が敷かれていたが 人々の生活は 普通で 特に 日本に対して どうとかの 印象は なかった

そのころ 韓国は 経済の発展は 遅れていたようで 観光客誘致に 力を入れていた感じだった

慶州など 有名箇所を 訪れたが どこそこに 「ここは秀吉軍と戦って撃退した跡地 」 が 気になった

基本的には 誰だって よその国 すなはち他民族 から 支配されたくはない



台湾と同様 韓国の地域も 20世紀初頭の日韓併合から 終戦まで 長い 日本統治時代が あった

日本は 台湾と同様 単なる搾取でなく 日本国の 延長として 鉄道 道路 学校な どインフラ整備を 行った

そして 太平洋戦争が 終わり 日本軍が 撤退する しかし 韓国の悲劇は そこから 始まった

戦後の 米ソ対立から 朝鮮半島で また戦争が 始まった (朝鮮戦争)

中国でも そのころ 毛沢東と 蒋介石の戦争が 起きて 大陸と 台湾に 分かれたが

韓国でも 当時の朝鮮が 北朝鮮と 南鮮(韓国)に 分断されて しまった

中国の場合は 大陸での内戦で 台湾は 戦場と ならなかったが 朝鮮半島では 大国間の 近代兵器を 駆使した過酷な 戦争であった

国内は 荒廃し おまけに 停戦後の分断では 日本統治時代の 鉄道や工場などの インフラは ほとんど 北側に あった

分断後 北からの 脅威の中で 韓国の国を 再興させるのは どんなに 大変だったろう と思いやられる

当時の 政権は 当然 軍事政権 戒厳令下でも 性急に 産業を 興さなければならぬ

インフラも 資源も 乏しい環境では 国力の回復は 厳しい いち早く 回復した 日本に 遅れを取る

国の人心を 結集して なりふり 構わず 自国の利益を 確保しなければならぬ

日本から 戦後賠償として 産業の基盤技術を 当然 無償でもらう

わが国の 近くの海では 日本漁船は 魚を取らせない(李ライン)

内政の不満を 抑えるためには 日本を 悪者に したほうがよい

現役の軍隊で ナントカ島を 占領するのは 簡単  よし! 侵略者日本 の象徴に しよう !

なんといっても 領土問題は 国威発揚に 絶対の効果がある

ほかにも 何か ないか・   慰安婦とか 靖国参拝とか・ 豊臣秀吉や 加藤清正も ・・


たしかに これでは 嫌日家を 培養している ような

やはり 歴史の違いは 影響が大きい ・・・












親日家

昨年は 二度も 台湾を 訪れた

いつも 思うことだが 台湾には 親日家が 多い

同じ 近隣の 韓国や中国(大陸)と比べて どうして こんなに 親日的なのだろうか

それは 台湾の歴史を ほんの少し 知ってみれば 明らかになってくる




日清戦争後から 太平洋戦争の終戦まで 50年間 日本は 台湾を 統治していた

この統治政策は 列強の いわゆる植民地として 搾取する のではなく

台湾は すべて 日本と同じ そこに住む人々は 日本と同じ 天皇の子(皇民) として 扱う ということ

人々の 生活が豊かになるよう 鉄道 ダム 上下水道 を 構築し 学校や 公舎を 整備した

日本が撤退した後 人々は これまでの 規律ある統治に 特に 反感を 持っていなかった

その後 統治した 蒋介石政権は 内戦状態のため まったく 統治の 体を なしてなかった

愚連隊みたいな国軍が 公然と 人々を 襲うような 堕落した政府 に対して

基本的人権などに 目覚めていた人々は 反乱を 起こした(2.28事件)

反乱は 膨大な 犠牲の後 政府軍により 鎮圧されたが 

その時の 政府に対しての恨み と 日本時代の郷愁は 今でも 根強く 台湾の人々に 残っている

蒋介石は 毛沢東との 内戦に 破れ(南京陥落) 台湾に 逃げ 政権を 置く

東西冷戦の影響で 台湾が アメリカの支援を 受けたため 実質 二つの 中国と なったが

台湾の人々の 民主的運動は 根強く その後の政局で 一党独裁でなく 議会制民主主義などが 導入された

また これまで 醸成された 教育水準や 国土のインフラ により 当時の 中国(大陸)を 圧倒することができた



こういった歴史の中に 実際 生きてきた人が まだ台湾に たくさん 居る

そして いろんな事実を 子供たちに 伝えている 

しかし 日本の若い人たちには なかなか 伝わらない

私だって 台湾に来て はじめて 2.28事件 のことを 知った

台湾の 親日家に 会うたび いつも 心が もどかしくなる

東日本大震災 の時 数百億円もの 支援を 頂いたのに

日本国民! みんな もう少し 台湾のことに関心を持って

台湾の人々と

お友達に なろうよ ・・




謹賀新年

q01しつこく原発02


みなさま あけまして おめでとうございます

昨年は 年末に PCが ダウンしたりして 今だに ご迷惑を おかけしておりますが

ことしも " 失敗を糧にして 更なる進歩をする " ことを モットーとして

マイペースで 努力して いきたい と思います

ブログも 皆さんに 喜んでもらえるよう レベルアップして 継続する 所存ですので

今後とも よろしく ご訪問のほど お願い いたします













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