G3は今日も元気

典型的な団塊オジさんの自己満足的日記・・早期退職して悠々自適なのだ・・内容は・音楽雑論、マンドリン、二胡、百名山行、花と菜園、旅あるき、原子力と放射線、別荘暮らし、熊本で介護、猫の石松など・<府中市在住> リンクフリー

里の秋は

里の秋  倍賞千恵子   「 里の秋 」


(一) 静かな 静かな 里の秋 

   おせどに 木の実の 落ちる夜は

   ( 中略 )

   栗の実 煮てます いろりばた



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里の秋  芹洋子    「 里の秋 」


(二) あかるい あかるい 星の空

   ( 中略 )

   ああ 父さんの あの笑顔

   栗の実 食べては 思い出す



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里の秋   白鳥英美子    「 里の秋 」


(三) さよなら さよなら 椰子の島

   ( 中略 )

   ああ 父さんよ ご無事でと

   今夜も 母さんと 祈ります



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里の秋 の 素直な メロディ は 日本の 田舎を 思い出させる  

柿 が 実る 山間 の 茅葺 屋根 ・ 

ところが 三番に なると 雰囲気が 一転 南方戦線 から 引き揚げる お父さん の 無事 を 祈る

いかにも 不自然 な この 三番の 歌詞 には なにか いわれが ありそう     調べてみた


里の秋 の 元歌 は 昭和16年 に 作られた 「星月夜」 という 戦地の 父へ の 慰問文

当時 まだ メロディ は 付いて なかった   時節 柄 歌詞 には 国威発揚 が 込められている


「星月夜」 の (一) (二) の 歌詞 は 里の秋 に 同じ

 (三) きれいな きれいな 椰子の島

    しっかり 守って 下さいと

    ああ 父さんの ご武運を

    今夜も 一人で 祈ります

 (四) 大きく 大きく なったなら

    兵隊 さんだよ うれしいな

    ねぇ 母さんよ 僕だって

    かならず お国を 護ります



終戦後 童謡作家の 海沼実 は 荒廃した 国民の心の支え と なるべく この 「星月夜」に 曲を 付けたが

特に 引揚者を 待つ 親戚 家族 の ため  作者 斉藤信夫 に (三)(四)番 の 改作 を 依頼 した

斉藤信夫は 乗り気ではなかったが 海沼の熱意に 押され 短時間で (三)(四)番を 現在の(三)番に 改作し 海沼に 届けた

海沼 は すぐさま 弟子の 川田正子に 歌わせ NHKラジオ 「引揚者激励の午後」 の 番組で 放送した ところ  

全国から 膨大な 数の 手紙 電話 など 大反響 が あった という  



終戦 時 満州や樺太 そして 東南アジアに 残された 軍人 民間人 は 660万人 

台湾や 東南アジア からの 引き揚げ は 比較的 順調に 行なわれ 浦賀港 にも 50万人以上 が 昭和 21年 までに 到着した  

しかし 北から 引き揚げてくる 人々は 悲惨を 極め 引き揚げは 昭和 33年まで 続く 舞鶴港 での 岸壁の母 の悲話を生んだ

当時 主に ソ連軍 により 行われた 抑留 略奪 凌辱 引き上げ船攻撃 等 で 何十万 の 人々が 犠牲に なった か ・

どっかの国 と違って 我が国民は 過去に 外国から受けた 仕打ち に 寛容 だが せめて 歴史の事実は 忘れないで いたい


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     引き揚げ船 氷川丸                    浦賀港 引き揚げ 桟橋



現在 この 「 里の秋 」 の 曲 は 東アジア でも 広く 歌われている  

もちろん 作詞 は 恋人たちの再会を 願う 愛の歌 と なっている が ・

来週 台湾に 演奏旅行 に 出かける  

向こう で ぜひ カラオケ で 歌ってみよう ! 
 

   里の秋 ( 又見炊煙 )    鄧 麗君 ( テレサテン )     「 又見炊煙 」












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